2019.03.28

世界一正確な日本の鉄道網を支える運転士必携の懐中時計とは?

毎度マニアな時計情報をお送りするこのコーナー。今回は、列車の乗組員のために開発された「鉄道時計」について。正確無比な日本の鉄道では今も懐中時計を使っている!?

世界一正確な日本の鉄道網を支える 運転士必携の懐中時計

1世紀以上にわたり続く伝統のアナログ懐中仕様

10月14 日は「鉄道の日」。今から約150年前の1872年(明治5年)のこの日、新橋・横浜間でわが国初の鉄道が開通したことを記念して制定された。本誌的に鉄道を語るなら、やはり鉄道時計を外すわけにはいかない。列車の運行管理のため運転席に設置されたあの時計。車内で見かけた人もいると思うが、なぜだか時代にそぐわない懐中時計が多い。

鉄道開通時、時計は庶民の手の届かない高級品だった。それゆえ当初は不携帯の職員もいたようだが、ようやく1893年(明治26年)に「時計貸与規定」が定められ、駅長、車掌、機関士らの携行が義務づけられた。’97年には国の役所である鉄道作業局が米国ウォルサムの懐中時計を購入。これが初の標準鉄道時計となる。時を経て1929年(昭和4年)、標準時計に初の国産品が採用された。それが精工舎の懐中時計19型「セイコーシャ」。この19型の伝統は戦後も続き、機能・仕様を進化させながら作られ続ける。

1978年には懐中タイプのまま、中のムーブが手巻きからクォーツに切り替わる。一般的なものと比べ鉄道用のクォーツは、高磁場な車内で使えるよう内部に純鉄製の耐磁板を備え、大型の懐中用にトルクも高い仕様に開発された。後に耐磁性がより向上、電池寿命も10年に延長するなどの改良が加えられ、現在もJRはじめ、ほとんどの鉄道でこのセイコーの懐中型クォーツ時計が採用されている。

では、なぜ今も懐中時計なのか。それは結局そのほうが便利だからである。腕時計の場合、時間を確認するために視線を腕元に落とさねばならない。運転台に設置された懐中時計なら、前方を見つめたまま確認でき、さらに腕時計よりも大型なので時間も読み取りやすいというわけだ。また、より精度の高い電波時計のほうがいいのでは? と思うが、基本的に電波時計は停止中に受信するので移動が多い車内では受信しづらく、磁気にも弱いとのこと。つまり懐中クォーツは、鉄道時計として実に合理的なのだ。

駆動機構こそ変わりはすれ、150年前からアナログ式の懐中スタイルを貫いてきた鉄道時計。最近はアナログ時計に慣れていない新人のために、鉄道会社は文字盤を見る訓練まで行うという。懐中時計にとって最後のユートピアなのか?

今では見かけなくなった懐中時計がなぜ運転席に!?
走行する列車の運転台に設置された時計。よく見ると、取り外し可能な懐中タイプであることがほとんど。運転士の利便性を考慮した結果、19世紀の鉄道開通時から続くこのスタイルが現在も採用されている。

SEIKO(セイコー)
鉄道時計SVBR003

現行市販品のセイコー鉄道時計。耐磁性に優れたクォーツキャリバー7C21を搭載し、電池寿命は10年。また、読み取りやすい中3針のアラビア文字盤を備えるなど、実際に鉄道で採用される製品と同仕様に。

 

 

[時計Begin 2019 WINTERの記事を再構成]
文/岡崎隆奈