2021.03.17

美しく高精度な時計を愛するL.U.Cの発案者、ショパール共同社長「カール・フリードリッヒ・ショイフレ」【松山猛の時計業界偉人伝】

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美しく高精度な時計を愛する、L.U.Cの発案者

松山さんがこれまでに出逢った時計界の偉人たちとの回想録。
今回は、ショパール共同社長のカール‐フリードリッヒ・ショイフレ氏。

Karl-Friedrich Scheufele カール‐フリードリッヒ・ショイフレ
1958年生まれ。ショパール共同社長、メンズコレクション&ショパ[時計Begin 2021 WINTERの記事を再構成]ール マニュファクチュール統括責任者。1980年代にはスポーツウォッチの開発、1990年代にはL.U.Cムーブメントの製作拠点であるフルリエのショパール マニュファクチュールを設立した。

1980年代中頃に出会った上品なカレンダー時計

カール‐フリードリッヒ・ショイフレ氏は、メゾンショパールを率いる共同社長の一人だ。もう一人の社長は妹のキャロラインさんで、この二人がメンズとレディスの、それぞれの世界感を素敵に演出して、ブランドのアイデンティティーを構築している。

ショパールというブランドが日本に浸透するのが早かったのは、文字盤の上をダイヤモンドが転がる、女性物のハッピースポーツだったように記憶するが、僕は1980年代の中頃に、ショパール製の上品なカレンダー時計に興味を持ったことを今思い出している。

それはムーンフェイズ・カレンダー時計で、ダイヤモンドダスト加工された文字盤の得も言われぬ品のあるきらめきが印象的な時計だった。当時はそのような複雑機構を持った腕時計はまだあまりなかったこともあり、またそれはあまりにも端正にデザインされていたことから、いつかこんな時計を手に入れたいと思ったものだった。

それは1860年ジュラ地方から始まった

ショパールというブランドの歴史の幕開けは19世紀の半ば1860年とかなり古く、スイス・ジュラ地方のソンヴィリエの地に生まれたルイユリス・ショパールが、まだ24歳の時に立ち上げたそうだ。

彼が製造するポケットウォッチは高精度の、クロノメーター規格を満たすもので、スイス鉄道の公式時計として採用され、またロシアを手始めに、東ヨーロッパやバルト諸国、スカンジナビアへと販路を広げ、特に19世紀末から20世紀初頭の帝政ロシア、ニコライ2世の時代の宮廷では、その時計が珍重されたことが記録に残っている。

やがて1937年になると、事業発展のために、スイス時計の中心地であるジュネーブへと進出する。その時代は、やはりジュネーブという町が、時計製造の一大拠点となっていたからだ。

ショイフレ・ファミリーとメゾンの邂逅とは?

しかしそのような歴史あるブランドも、20世紀の半ばには後継者がいなくなるという事態に見舞われ、事業の売却を余儀なくされてしまうのだった。

そこへちょうど、ドイツの金細工の町フォルツハイムでジュエリーと時計ブランドを扱う”ESZEHA社”を所有していたショイフレ・ファミリーが、時計事業を充実させるべく、ムーブメントのサプライヤーを探しており、ショパール社に着目し、その経営権を得ることとなったのだそうだ。

1963年、カール・ショイフレ3世がジュネーブに赴き、様々な可能性を求めて、いよいよドイツに帰ろうとする前日に、ポールアンドレ・ショパールと話し合い、すぐさまショパールを買収するという話がまとまったというからドラマティックな展開だったことだろう。こうしてショイフレ・ファミリーは、フォルツハイムとジュネーブを拠点として物づくりを始める。

1980年代に名作時計「サンモリッツ」を企画

1958年生まれのカール‐フリードリッヒ氏は故郷のフォルツハイムに育ち、15歳の時にスイスに移住、ローザンヌで経営学を学んだ。1980年、22歳になると父カールのもとで仕事を始めるが、彼はさっそくヒット作となる”サンモリッツ”を企画する。

それはステンレス・スチールのケースとブレスレットによるスポーツ・ウォッチだった。当時はクォーツ・ショックでダメージを受けた、スイス時計業界がようやく息を吹き返し始めた時代であり、このメゾン初となるSS製のスポーツウォッチ”サンモリッツ”の成功は、ショパール時計の世界を躍進させる機動力となったことだろう。

僕が機械式の時計について学び始めた1970年代の終わり頃に出版された『スイス高級時計』というムックがあ り、緻密な取材による、スイス高級時計ブランドの仕事ぶりが記されていて、大変参考になり、また大いに刺激を受けたものだ。

その著者の一人である梅田晴夫さんが、若き日のカールフリードリッヒ・ショイフレ氏をインタビューしているのだが、その時彼は「我々もクォーツ時計を作ってはいるがあまり好ましいとは思っていない」と、機械式への憧憬 を語り、「時計が美しくあるためにはプロポーションが大切であり、一定の厚みが必要であるということに、父と私の意見は一致しています」と語っている。

それはその当時流行した、極薄型のクォーツ・ムーブメントを使用した時計に対する、彼なりのアンチテーゼで あり、またその後の時計作りへのマニフェストではなかったかと思う。

そして1984年に、自動巻きトリプル・カレンダー時計”ルナド・オロ”が発表された。これはショパール初の複雑機構を搭載した腕時計で、これこそ僕がいつかは手に入れてみたいと思ったあのカレンダー時計だったのである。 

今でこそ様々な複雑時計が作られるようになったが、1984年当時というのは、ようやく機械式時計の復活が始まったばかりの時代で、こうしたムーンフェイズ表示を持つトリプル・カレンダーが欲しいと思えば、ヴィンテージものを探すくらいしか方法がなかったのだった。 

つまりショパールという、今ではスイスでもまれな、家族経営のメゾンが先見の明を持ち、その製品コンセプトを構築していたのが、若き日のカール︲フリードリッヒ・ショイフレ氏だったということになるだろう。 

僕が知り合った頃の彼は、すでに落ち着き、自信に満ちた紳士だったが、考えてみれば僕より一回りも若い1958年の生まれなのだ。 

この1958年はフランク・ミュラー氏も生まれた年で、彼らの才能が今日の時計世界に与えたインパクトは実に大きいものだと思う。

 

自社製ムーブメントを備えた時計作りへ

1988年にはミッレミリアという自動車の世界でもトップクラスのイベントに着目し、新しいシリーズの時計を 作り始めた。時計ファンの中には古い車に興味を持つ人が多く、そこには共通する世界があるという考えであろう。

その時代のショパールでは、多くのムーブメントをジャガー・ルクルト社などから仕入れ、それにショパールならではのフィニッシュワークを施して使用していた。総合的な時計作りを目指していたカール・フリードリッヒ氏は、ショパールらしい自社製ムーブメントを備える時計製造を決心し、それがL U Cキャリバー開発へと、大きく舵を切ることになっていくのだった。 

1996年に発表された、ショパールの創業者の名を冠したこのシリーズの登場は、スイス時計世界でも相当なエポックメイキングな出来事であり、多様なムーブメントの開発は他に類を見ないものあった。

マイクロローターを備えたL U C 1860に始まり、四つの香箱を持つロング・パワーリザーブ・ムーブメントや、クロノグラフ、そして驚くほどに美しく面取りされたブリッジなどの、仕上げの素晴らしさでも、時計ファンをうならせるものとなったのだった。 

仕上げを徹底すれば時間もかかり、生産性は高まらない。だが、たくさん生産できなくてもよい、納得のいく製品作りが肝心だと、カールフリードリッヒ氏はそう考えているのだそうだ。L U Cはこうして高品質にこだわり、成功を収めた。このシリーズはさらに、パーペチュアル・カレンダー、そしてトゥールビヨンなどと様々なバリエーションに発展していく。 

自社製ムーブメントを開発するにあたって、ショイフレ氏は、才能豊かな独立した時計師たちに声をかけた。そのうちの一人である、ミシェル・パルミジャーニ氏は、ツインバレル・ムーブメントを開発しながら、自分も自身の名を冠したブランドを立ち上げようと考えたそうだ。そしてL U Cの大成功の後も、ショイフレ氏の至高の時計を作り出したいという情熱はさらに新しいプロジェクトへと結実していく。

古典と最先端の美しい融合「フェルディナント・ベルトゥー」

それはショパールが新しいマニュファクチュール・アトリエを構えたフルリエの地に1727年に生まれ、やがてパリに進出し「フランス国王と海軍のための時計・機械職人」の称号を得るまでに成功を収めた天才的時計師、フェルディナント・ベルトゥーの名を冠した、最高精度にして最高品質のクロノメーター腕時計を作ることだった。

フルリエの工場にプロジェクトチームを立ち上げ、その時計のコンセプトに従って設計が始まった。 

僕が初めてこの時計のことを知ったのは2016年のジュネーブ時計グランプリの審査に出かけて、ジュネーブの本社に招かれてプレゼンテーションを受けた時のことだった。

トルクの低下を防ぐために、古風だが安定性のあるフュゼ・チェーン巻き上げを採用し、トゥールビヨンによって駆動する、クラシックにして最先端の技術を結晶させた、見事な時計であった。

この時計は、もしフェルディナント・ベルトゥーが現代に生きている時計師であれば、きっとこのような素晴らしい腕時計を作ったに違いない、というのが発想の原点らしい。 

1980年代から今日に至るまで、美しく高精度な時計を世に送り出してくれたカールフリードリッヒ・ショイフレ氏もまた、時計界の偉人の一人なのである。

 

クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥー「クロノメーター FB 2RE」。美しいグラン・フー・エナメルダイヤルの下には、フュゼ・チェーン伝達機構と1秒ルモントワール・デカリテ機構を組み合わせたキャリバーFB-RE.FCを搭載する。

 

 

[時計Begin 2021 WINTERの記事を再構成]

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