複雑なフォルムに切削加工

完璧なフィット感を生む人間工学に基づく三次元曲面を描く、“RM 27-03 トゥールビヨン ラファエル・ナダル”モデルの裏蓋。
このフォルムの切削加工のため、部材を固定する治具も特別に自社製造。加工精度は、時計界でも群を抜く。

どうやって作ったらそんなに高くなるの!?

2001年「時計のF1」を標榜し、 デビューを果たしたリシャール・ミルは、たちまち高級時計市場を席巻した。
アスリートをファミリー(アンバサダー)に迎え、競技中の動きを邪魔しないよう多様な新素材を駆使して軽量化。
人間工学に基づくフィット感と、優れた耐衝撃性が与えられている。
デザインも、素材も、ムーブメントも、極めて先進的なリシャール・ミルは、真のスポーツウォッチとして唯一無二の存在。
それが生み出される背景には、ハイエンド・ウォッチ・メイキングの伝統と技術、手法とが確かに息づいている。すなわち時間をかけた丁寧な物作りだ。
自社で切削製造しているケースは、完璧な加工精度と徹底した品質検査であの複雑な三次元フォルムを生み出す。
そして、他社にはない新素材を駆使し、高い耐衝撃性を持つムーブメントが、入念に手組みされている。
手間と時間をかけた物作りには、当然コストがかかる。
この破格にして別格な腕時計が生まれるスイス本社の現場を特別リポートする。
写真/岸田克法 文/髙木教雄 構成/市塚忠義

リシャール・ミルはスイス・ジュラ地方の町レ・ブルルーにケースとムーブメント、それぞれの製造拠点を持つ。
ケース部門(上)の「プロアート・プロトタイプス」は、2013年に出来上がったばかりの真新しいファクトリー。
ムーブメント部門(下)の「オロメトリー」は、’08年に完成。

リシャール・ミルの時計を最も特徴付けるのがケースだろう。「着けているのを忘れる」フィット感を生むフォルムと、他社にはない新素材を駆使した超軽量なケースは、徹底的に加工精度を追求した独自のノウハウの塊まりだ。

ナダルを全仏制覇へと導いたラッキーウォッチ

2010年にスタートしたラファエル・ナダルとのコラボ最新作。イエロー×レッドの外装は、彼の母国スペインの国旗を、ダイヤル中央のV字のブリッジは彼のロゴであるブル=闘牛をモチーフとする。
限定50本。手巻き。ケース47.77×40.3mm。クオーツTPT®+カーボンTPT®ケース。コンフォートストラップ。

高性能マシンを追い込む手間ひまかけた職人技術

リシャール・ミル氏が理想とする「人間工学に基づいた完璧なフォルム」を実現するため、リシャール・ミルは2013年にケースメーカー「プロアート・プロトタイプス」を買収した。そしてレ・ブルルーに新ファクトリーを建造。サファイアクリスタル製を除く、すべてのケースの自社製造に乗り出した。そのファクトリー内には、最新のCNCマシンがずらりと並んでいた。しかもすべてが5軸以上、つまり5方向以上から切削加工できる超高性能機ばかりだ。
これらを駆使して、抜群のフィット感をもたらす、複雑な三次元曲面のフォルムを作り出している。高性能な工作機は、高精度加工を可能とするが、あくまで道具でしかない。それを操る職人技術こそが、理想の形状を生む重要な鍵。製造工程はコンピューターでシミュレーションできるが、その通りにことは進まない。三次元曲面ゆえ、切削後に治具から外すとわずかに反りが戻る。戻り具合は、素材や形状によって異なり、実際に削ってみないと分からない。加工現場で職人が、戻り具合を検証し、平均値を模索しながらマシンを微調整することで、全パーツが誤差0.01mm以内となる高精度な加工が可能となる。その検査も、数100カ所をチェックするほど厳密。高性能マシンと手間ひまかけた職人技術とが、破格のケースを作り出す。

  • 新しいナダル・モデルにリシャール・ミルは、なんと1万Gもの耐衝撃検査を課した。しかも最も弱いリューズ側からも衝撃を与える、新規格にも見事準拠させている。これを実現したのは、カーボンTPT®製のミドルケースと一体化させたフレーム状の地板。
    この上にパーツを構築し、チタン製のV字型ブリッジで支え、極めて優れた剛性を得た。さらにリューズ機構にもショックアブソーバーを装備し、内部に衝撃を伝えない。

  • 切削を終えたケースは、接触センサーによる検査マシンでX・Y・Zの3 方向で検査される。ムーブメントに匹敵する1000分の3mm単位の計測で、許容誤差は0.01mm以下。
    検査ポイントはビス穴まで含まれ、形状が複雑なミドルケースでは250カ所にも及ぶ。加工精度が安定するまでは全品検査を行い、安定後は抜き取り検査となるが、加工が難しいカーボンTPT®製の場合、安定するまでに200個以上のテストピースが必要。

  • 5軸をメインに、設備投資を惜しまず6軸、7軸の超高性能なCNCマシンも複数台導入。ゴールドとプラチナ、チタン、カーボン系と素材でマシンを使い分け、1 台に1 人が専従する。
    カーボン系素材のために超硬メタルをダイヤモンドコーティングしたバイト(刃)も開発。大量のオイルで冷却しながら、高速切削する独自の加工ノウハウも確立している。写真は砥石専用マシン。ケースのアウトラインをなぞる砥石で最終微調整加工をする。

  • ”ナダル”の新作で目を引くのが、イエロー×レッドの縞模様を浮かべるベゼルと裏蓋。その素材は極薄のシリカ(二酸化ケイ素)膜に2 色のレジン(高機能樹脂)を浸透させ、
    幾層にも重ねた後、120℃に熱して固めたメゾン独自の素材クオーツTPT®である。硬くて軽く、耐衝撃性にも優れ、アレルギーフリーと、時計のケースとして理想的な素材。これを切削で曲面加工すると、2 色が微妙に入り混じり個々に異なる縞模様が生じる。

ダイヤルに美しく構築されたムーブメントが全容を見せる。大胆なスケルトナイズは、リシャール・ミルの特徴の1つ。
いかにも先進的な見た目と裏腹に、その組み立て・調整は、伝統的な技術に則り、耐久性と精度、究極の美観を実現する。

驚異の耐衝撃性を革新と伝統で実現

上の写真はナダル・モデルのカーボンTPT ®製ミドルケース。その内側からフレーム状の地板が一体成型されているのが分かる。この特殊な構造に加え、部品数を最小限にし、トゥールビヨンを軽量化し、丁寧に組み立てることで、1万Gもの耐衝撃性を達成した。

革新的外装・構造に潜む伝統的ウォッチ・メイキング

リシャール・ミルの時計の組み立てや開発の部門を管理する、スイス本社が「オロメトリー」だ。ここでは、ミル氏のもう1つの理想である「ハイエンド・ウォッチ・メイキング」の伝統と技術とが、受け継がれていた。
極めて先進的なリシャール・ミルと伝統的なウォッチ・メイキングは、相反するように思えるが、実はナダル・モデルの1万Gもの耐衝撃性能をかなえているのは、手仕事による丁寧なムーブメントの組み立てによるところが大きいという。香箱からトゥールビヨンのキャリッジに至る、各歯車の高さを的確に合わせ、アガキ(歯車間のすき間)を最小限とし、全部品が完璧な水平面を保つよう組み上げられたムーブメントは、パーツ同士の高い整合性によって衝撃を受けた際に互いを守り合い、屈強になるというのだ。
完璧な組み立てをコントロールするノウハウも構築。ネジ締めに用いるトルクドライバーは、プロトタイプの段階からムーブメント毎にセットを組み、すべてのネジが最適なトルクで締め付けられるようになっている。むろん組み立ては、1つのムーブメントに1人の時計師が専従する。その職人を、独自のプログラムで育成してもいる。ここまで手間とコストがかけられるのは、少量生産ですべてが超ハイエンドの別格だから。リシャール・ミルの時計は、機械式の真の価値を宿す。

  • ナダル・モデルの耐衝撃性と軽さを実現するのが、カーボンTPT®製のミドルケースだ。それと一体化した地板にはネジが切れないため、チタン製のチューブ状のシャトンを導入。
    チタンのネジを用い、チタン製ブリッジとの接合性を高め、優れた耐久性を得ている。このモデルに限らず、リシャール・ミルはすべてのムーブメントにネジ用シャトンを採用。上の写真にあるように、各ムーブメント毎に専用のトルクドライバーセットを用意する。

  • トゥールビヨンなどの複雑時計だけでなく、3 針モデルも時計師が全工程を担当。他社が穴石のセッティングや注油を自動化するケースが多い中、これも手仕事を貫く。
    すべての歯車の高さ・噛み合い・アガキ・平面性を完璧にするには、多大な時間を要する。さらにアンクルの爪石の当たり面積が最適であるよう全品検査するなど、微調整も怠らない。ハイエンドの時計製作の手法を一貫し、高精度で耐衝撃性も優れた別格の機械を生み出す。

  • ケーシングを終えた時計には、5姿勢での24時間の精度検査が義務付けられている。フル巻き上げ時は0 ~+10秒、24時間後は- 2 ~+12秒が、メゾンが規定する合格精度。
    その際、テンプの振り角も計測され、フル巻き上げ時も24時間後も250度以上を要求。振り角が大きいと、振動時にテンプがより大きく加速されて安定し、衝撃に強くなる。オーナーの多くから聞かれる「高精度だ」との絶賛の声の背景には、この振り角があるのだ。

  • リシャール・ミルが求めるクオリティの組み立てが出来る職人は、スイスでも限られる。そこでジュラ地方のポラントリュイ時計学校と提携し、有能な卒業生を推薦してもらい、独自のプログラムによる4 年間のマイスター制度を設け、時計師を育成している。
    各年の研修生は、たった1 人。マン・トゥ・マンによる実習を繰り返し行い技術を高め、ハイエンド・ウォッチ・メイキングの伝統とメゾンの歴史とを、未来へとつなげる。