2021.05.21

【受け継ぐ時計】レストラン カンテサンスのオーナー・シェフ 岸田周三さん「料理界の未来を見据えて刻む”時”」

父からもらった時計の紛失から始まる時計遍歴
料理界の未来を見据えて刻む「時」

ミシュラン3つ星を₁₄年連続して獲得し、日本のフレンチ界をリードする存在としてリスペクトを集める『レストランカンテサンス』のオーナー・シェフ、岸田周三氏。誠実な人柄は料理だけでなく、時計選びのセンスにも反映されていた。

岸田周三
Shuzo Kishida

きしだ・しゅうぞう/1₉₇4年愛知県生まれ。母親の影響で料理に関心を持ち、高校卒業後の'₉₃年三重県の志摩観光ホテルのレストラン

『ラ・メール』入社。'₉₆年上京しレストラン『カーエム』を経て、₂000年渡仏。カジュアルなブラッスリーからミシュラン₃つ星まで

様々なレストランで修業。'0₃年パリの『アストランス』に入り、シェフのパスカル・バルボ氏に師事、大きな影響を受ける。

帰国後の'0₆年『レストラン カンテサンス』をオープン、翌'0₇年にミシュラン₃つ星を獲得。以降14年連続して₃つ星に輝く。

ミシュランガイド東京の₂0₂1年版から導入されたサスティナブル指標によるグリーンスターも獲得。

 

「職人の背景や意気込みが見える時計に惹かれる」

紛失した父からの時計に代わるモデルを求めて

20代後半の頃、フランスで修業中にヴィザの更新か何かで一時帰国したとき、父から時計をもらったんです。父は海外旅行好きで、スイスに行った記念に時計を買い、再訪した際にも新しい時計を買ってきた。それで「新しいのを買ったから、これやるよ」みたいな感じで、突然何気なくくれたんです。父は寡黙な人で、それ以外特に何も言わなかったですね。

ボーム&メルシエのシンプルなクォーツの3針でした。当時、僕には時計を着ける習慣がなかったんです。料理人は、衛生上の理由から厨房では時計を着けないので。でも、それをもらって、ちょっと大人になったような気がしました。この時計は一体どういうものなんだろうと雑誌等でいろいろと調べるうちに、職人さんのこだわりや歴史、背後にあるドラマなどを知って、興味を持つようになりました。

その頃、フランス南部のモンペリエのレストランで働いていたんですが、海水浴に行ったときも、その時計を着けていたんです。裏蓋に魚のマークがあって、₅0m防水みたいな表記があったので。しばらくしてガラスが曇っていることに気付いた。父からもらったものって、その時計ぐらいしかなかったので、大事にしていましたから慌てて時計屋さんに持って行くと「中が錆び始めてます」と言われ、オーバーホールしてもらいましたが、やはり調子が悪く、だんだん着けなくなってしまいました。ある日、あの時計どうしたっけと思って探したんですが見つからない。ショックでしたね。

帰国して『レストランカンテサンス』を始めて1年ぐらいが経ち、その年にミシュラン3つ星を取ったと思うんですが、その頃に何かの雑誌でたまたまボーム&メルシエの特集を目にして、なくした時計を思い出しました。当時1つも時計を持っていなかったし、メディアに出たり、人に会う機会も増え、身だしなみもちゃんとしなきゃと思っていたので銀座へ買いに行きました。父にもらったのは3針でしたが、機械式のクロノグラフに惹かれましたね。

それを機に、また時計に興味が湧いてきて、₅ ~ ₆年経って買ったのがIWCのポルトギーゼ・クロノグラフ。これも雑誌に”世界一美しい時計”と書いてあって興味を持ち、ブティックに見に行って一目惚れしました。高いなあと思いながらも即決でした。欲しいか欲しくないか、イエスかノーか、あまり悩まないタイプなんです。

その次は、ヴァシュロン・コンスタンタンのダブルレトログラードのモデル。この機構は個性があって面白いし、落ち着いているのもいいなと。老舗ブランドとか、自社製というのにも憧れがありました。もっと複雑機構になると、とても買えるような金額じゃなくなってきますから。

僕も料理人という職人をやっていますので、やはり職人さんの背景が見え、意気込みが感じられる時計に興味があります。本質を忘れない一方、オリジナリティのあるものが好きですね。 時計って手に入れるとまた次が欲しくなる。でも、これ以上買うべきかが悩みどころです。今はこの3本を分け隔てなくローテーションで使っていますが、今も厨房では時計はしないので、休日にしか着けません。なので、必ず止まっていますよね。1週間パワーリザーブがもつような時計でいいのがないかな、と思ったりしますが(笑)

 

ボーム&メルシエ
BAUME & MERCIER
ケープランド クロノグラフ

父にもらった時計と同ブランドからチョイス
父親からもらったボーム&メルシエの時計を紛失し、気になっていたところに、たまたま雑誌でボーム&メルシエの特集を見たことがきっかけだった。自動巻きクロノグラフで、文字盤外周にタキメーターとテレメーターのダブル表示を備える。「メーターがいっぱい付いていて、ちょっといかつくて、っていうのが男の人は好きでしょ(笑)」岸田シェフご本人は「ケープランド」というモデル名は知らないまま購入し、現在に至っていたのだとか。

パリの『アストランス』のシェフ、パスカル・バルボ氏から大きな影響を受けた。「それまでの修業先とは、全てが違っていました。職人としての考え方、食材への敬意、彼の人間性……。彼から学んだものを受け継ぎ、さらに自分のスタイルに発展させてきました」同店を離れるとき、パスカル氏から贈られた小型のナイフを今も大切に使っている。

「3つ星の上があるという意識で自分を高めたい」

飲食に於ける継承とサスティナブル

僕は独身なので、父のように子どもに時計を渡すことは、まだ考えられませんが、料理に於ける継承は意識して、後進の指導にも力を注いでいます。うちの店を卒業して星を取ったシェフが14年で10名以上いるのも嬉しいですね。

木村拓哉さんが主演されたドラマ『グランメゾン東京』の監修を引き受けたのも、そうしたことと関係があります。テレビドラマには恐ろしく大きな影響力があります。

これから日本の労働人口が減少し、レベルの高い人材を確保することが徐々に難しくなっていく中で、飲食業界内での人材の取り合いではなく、他業種との取り合いが、既に始まっています。

そのためにフランス料理をはじめ、飲食に興味がない人にも僕たちのこだわりを伝えるために、やるべきだと思いました。ですが、最初にお話があったとき、撮影に毎回来てほしいということだったので、即座にお断りしました。

料理には誠実さが大切です。作ってお客様にお出ししたら、消えてなくなってしまうものですから、継続した評価を得るには、それだけ長い間安定して高品質なものを提供し続けなければならない。そのためにはシェフは毎日店にいて、スタッフを教育し、努力し続ける。それが僕の考え方です。それを理解し、それでもやれる方法をドラマのプロデューサーに考えて頂いたのでお引き受けしました。

でもめちゃくちゃ大変でした。誰が見てもこんな技法見たことがない、こんなアイデア聞いたことがないというものを全話でやらなければならない。僕が料理を作ってきた中で、壁にぶつかり、誰も思いつかないアイデアで解決した実体験を全て反映しました。 最終回でマグロ料理を扱ったのも、マグロの絶滅危機問題を広く知ってほしいという思いがありました。

僕は自分の店ではマグロを出しませんし、NPOを立ち上げて乱獲防止にも取り組んでいます。でも僕が声を上げるよりも、ドラマの中で扱うことで、逆に多くの人にこの問題を伝えられたらと。

これからの飲食に於いてサスティナブルは、大きなテーマですから。 とにかく誠実さを持って、自分が正しいと思う仕事を続けていくだけです。そうすれば評価はついてくる。おごって、調子にのったら、星も失うことになるでしょう。3つ星の上に4つ星はありませんが、もう一段上があるという意識で自分を成長させていかなくてはと思っています。

 

IWC
ポルトギーゼ・クロノグラフ

世界一美しい時計に一目惚れ
針とインデックスがブルーのタイプ。「色をごちゃごちゃさせないほうが好きで、服もブルーかブラックで統一することが多い。革ベルトのドレスウォッチに憧れがあって、この時計にはそんな雰囲気もありますね」

 

ヴァシュロン・コンスタンタン パトリモニー・レトログラード・デイ/デイト

個性的な機構を搭載
12時側に日付、₆時側に曜日のダブルレトログラード機構を備える。WGケースに自動巻きのジュネーブ・シール取得ムーブメントを搭載。「老舗の製品らしい落ち着きも気に入りました。ドレッシーな服装のときに着けますね」

 

[時計Begin 2021 SPRINGの記事を再構成]

写真/谷口岳史 文/まつあみ靖