2022.08.05

新連載「ザ・ファースト・モデル」           第一回 オーデマ ピゲ【ロイヤル オーク】

新連載「ザ・ファースト・モデル」

第一回 オーデマ ピゲ 【ロイヤル オーク】

どんな時代の価値観にも負けない真の高級時計

誕生から50年を経て、これほど盛り上がりを見せる時計が、他にあるだろうか。オーデマ ピゲの名作「ロイヤル オーク」である。誕生は1972年4月15日。生誕50周年の今年は、数々の記念モデルが発売された。限定数こそないが、どのモデルも「入手困難」。なかなか手に入れることができない超人気者だ。ではその「ファースト・モデル」について、誕生の背景を探ってみたい。

1972年に誕生した初代ロイヤル オーク。誕生から50年、ほぼ形が変わっていないことがわかる。ダイヤルカラーは「ナイトブルー、クラウド50」。かつてジュネーブのダイヤルメーカー、スターン・フレール社が採用した色で、ダイヤル用のラッカー液に黒(n°50)の色素を数滴たらすと、紅茶にたらしたミルクのごとく雲が広がるように見えたことからクラウド(雲)と呼ばれるようになった。現在はPVD(蒸着)で色づけしている。

 

 

かつてない、前代未聞の時計を作る

ロイヤル オークの開発プロジェクトは、1970年の4月に始まっている。つまり開発期間は2年間。長いように思えるが、時計1本を、これだけの期間で作り上げるのなら「非常に短期間」と言える。事実、デザイナーのジェラルド・ジェンタは、ロイヤル オークのデザインをたった一晩で書き上げている。当時オーデマ ピゲのCEOであったジョルジュ・ゴレイは、一体どんな時計を作りたかったのか。1970年は、圧倒的な精度を誇るクォーツ時計がすでに誕生しており、「これからはクォーツ時計の時代」「機械式時計は衰退する」などと、囁かれていた頃。何かしなければやられる、そんな雰囲気が社内にあったのだろう。1970年代の機械式時計には、奇抜なデザインのものが多い。売れっ子の時計デザイナーを起用し、これまでの高級時計の概念を覆す。それがロイヤル オークだった。

 

ジェラルド・ジェンタがホテルの一室で、一晩で書き上げたというロイヤル オークのデザイン。時計だけでなく次第に細くなっていくブレスレットのエンドピースまで、しっかりと描写されている。ステンレススティールの素材感を、全面で表現しているのが、よくわかる。

 

 

ゴールドより高いステンレススティールの時計

初代ロイヤル オークは、何が画期的だったのか。それは素材がステンレススティール(SS)だったことだ。高級時計といえば、無条件でゴールドケース。そんな時代に、ゴールド時計より「高い」ステンレススティールの時計を作ったのだ。価格は3300CHF(スイスフラン)。同時期のゴールドケースの3針モデルが2990CHF。ロレックス、サブマリーナーのSSモデルは、ロイヤル オークの3分の1以下の価格設定であった。そんな時計を、素材だけ変えて普通にリリースしても売れるはずがない。だからこそ奇想天外な、ジェンタ・デザインが必要だった。ジェンタは、時計に8角形のベゼルを描き、そこに6角形の「ビス」を配置した。今も変わらぬ、ロイヤル オークのアイコンだ。以前、ジェンタ本人にロイヤル オーク誕生までの経緯を聞いた時、彼はこう語っていた。「SS素材で、今までにない防水時計を作りたかった。そこで思い出したのが潜水士のヘルメット。潜水服には水が入らないんだから、この時計にも入るはずがない、ってね」。そう、当時の潜水士のヘルメットにはビスが使われていた。そして、ビスやネジといったパーツは“隠すもの”であって、前面で“見せるもの”ではない、そんな時計業界の美意識を、ジェンタあえて覆したのだった。

 

時計界のピカソと言われる、故ジェラルド・ジェンタ。ロイヤル オークの他にも、ブルガリ、クレドール、カルティエ、IWC、パテック フィリップなどで、時計史に刻まれる名作デザインを残している。

 

 

最初はあまり、売れなかった……

見るものをアッと言わせた初代ロイヤル オーク。果たして、時計ファンに受け入れてもらうことはできたのか。結論から言うと、反応は「いまいち」。その理由の一つが「大きさ」だ。今でこそ“ジャンボ”の愛称で人気だが、当時は、このケースは大きすぎるという声が圧倒的に多かった。ケースが大きくなったのは、物理的な理由がある。搭載した薄型の自動巻きキャリバー2121の直径は28㎜と大型で、ケースもそれなりに大きくする必要があったのだ。この大きな異端児は、不発のまま終わってしまうのか。実績を見ると、徐々にではあるが、セールスを伸ばすことに成功。ちなみに1972年の初年度は、490本の売り上げを記録している。ジラール・ペルゴ「ロレアート」(1975年)、パテック フィリップ「ノーチラス」(1976年)、IWC「インヂュニア」(1976年)、ヴァシュロン・コンスタンタン「オーヴァーシーズ(222)」(1977年)。ロイヤル オークの影響力の大きさは、同コンセプトの時計が次々に誕生したことを見れば明白だろう。ラグジュアリースポーツウォッチという新しいカテゴリーを確立したのだ。

1980年のロイヤル オークの広告。最初の一文で、ゴールドケースより高いステンレススティールであることがアピールされている。「高い」価格設定は、単なる広告戦略ではなく、複雑なケースやブレスレットを仕上げるのに、相当なコストが掛けられていることへの反映だと訴えたのだ。

 

 

誕生から50年、姿を変えず、クオリティを追求

腕時計に限らず「デザインありき」で誕生した製品は、時代の波に飲み込まれてしまうことが多い。斬新なデザインを実現するために、プロダクト面がおろそかになり、結果「安っぽい」とされ、時代に取り残されてしまうのだ。誕生から50年、ロイヤル オークが時計業界のマスターピースとして君臨し続けるのは、斬新なデザインを支える技術陣が、いっさいの妥協を許さず時計を作ってきたからではないだろうか。加工の難しいSS製で、初代ロイヤル オークのケースを製作したファーブル・ペレ社、ジェラルド・ジェンタがデザインした計154個からなる複雑なブレスレットを実現させたゲイ・フレアー社は、紛れもなくプロフェッショナルの仕事をした。そのクオリティの高さが、全く変わることなく継承されてきたことは、50周年記念の最新ロイヤル オークのディテールを見れば、即座に納得できることだろう。

ロイヤル オークの50周年を記念して誕生した「ロイヤル オーク オートマティック」の37㎜モデル。初代同様のダイヤルカラーが美しい。搭載する新キャリバー5900は、パワーリザーブが約60時間にアップしている。5気圧防水。自動巻き。径37㎜。SSケース&ブレスレット。280万5000円。

 

 

お問い合わせ:オーデマ ピゲ公式サイト

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(文/市塚忠義)