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2025.07.17
本国のキーマンに突撃! 最近よく聞く、新進気鋭の時計ブランド「MB&F」ってナンダ?
ブルガリ、シャネルらと続々コラボが話題のMB&F
その現在地を来日したマーケティング責任者が語る
虎ノ門の、とある摩天楼ホテルのラウンジで会った、アルノー・レジュレ氏はいわゆるシュッとした感じの、若いディレクターだ。近年、話題の絶えないジュネーブの独立系時計ブランドにしてラボラトリーである「MB&F」のマーケティングとコミュニケーション、SNSの戦略や管理まで、一手にまとめている。
「もうMB&Fで働くようになって7年ぐらいですけど、前職はタグ・ホイヤーに3年間、ジャン=クロード・ビバー氏とほぼ同時期に入って、マーケティングでシンガポールなどを担当していました。スイスに戻った時に、より広い職域をカバーできる小さなブランドに写りたいと考え始めた頃、MB&Fがちょうどマーケティング担当者を探していたんです。2018年のことで、20人ぐらいの本当に小さな会社でした」
ところが今や、MB&Fは65人の従業員を抱えるほど、コロナ禍を挟んで成長し、ブルガリとのコラボやシャネルによる25%の資本参加など話題性にもこと欠かない。スイスを発ってアメリカ東海岸から西海岸、そして日本、この後は中国やシンガポールを周ってドイツ経由で戻るというレジュレ氏に、その理由を問うた。
「いくつか理由がありますが、コロナ禍以前は確かに独立系の時計ブランドは今ほど有名ではありませんでした。でも外出や旅行ができなかった時期、行き場を失ったお金が時計に向かったことは確かです。そうした需要が、ロレックスやパテック フィリップ、リシャール・ミルといった定番のブランドだけで賄われるはずもなければ、誰もが買える訳ではないのはご存知の通りです。それで潜在的な顧客が他のブランドのことを色々と調べたり、知ることで独立系ブランドが発見されることになった。SNSの発達もこの状況を後押ししたと思います」
それでもMB&Fの年間生産量は、現在400本ほど。とはいえ2020年の時点では250本程度に留まっており、これでも生産量を頑張って増やしたのだとか。
「需要はもちろんありますが、年間生産量として400本ぐらいが人手や色々な要素を含め、妥当と考えています。MB&Fの由来自体、‘Max Büsser and Friends(マックス・ビュセールと友人たち)’ですから」
MB&Fは2025年の今年、創業20年を迎えるが、クリエイティブディレクターのマックス氏の強烈な個性が前面に出ているようで、じつはR&D(リサーチ&開発)と生産の実際を担当するセルジュ・クリクノフ氏と共同で興した会社。そしてセルジュ氏の前職は、シャネルの時計パーツの生産加工や時計そのものの組立を行う子会社「G&Fシャトラン」のCEOだった。
「ですからそう、シャネルとの関係は自然というか、ごく個人的なもの。彼はシャネルの経営一族とも昔から知り合いで、独立してからMB&Fの創り出す‘マシーン’をすごく気に入ってくれて、‘何か助けになることがあればいつでも言ってくれ’、そんな関係なんです。それで今、二人のどちらかに何かあったら、社員も65人ですし、ブランドが見ず知らずの資本下に入ってしまうこともありえます。万が一のことがあっても会社が、ブランドが継続されるよう、シャネルに後見人のような立場で資本参加してもらったのです」
対して、ブルガリとのコラボレーションは純粋に企画ありきだという。
「ファブリツィオ(ブルガリの時計部門クリエイティブディレクター)とマックスの仲がいいことから始まった話ですね。‘アイデアを思いついた、男性向けのセルペンティを創りたいから、キミのところのキャリバーが必要だ’って。セルペンティはブルガリのアイコンで宝飾と女性用のイメージでしたけど、逆にテクニカルなオブジェにもなりうることをMB&Fの技術で証明したという」
「腕時計を楽しむ!」を地でいくエキセントリックな時計達。
そのインスピレーションの源泉とは?
当初のマックスが自分のアパートの一室で組み立てていた自社ムーブメント、つまり独自開発のキャリバーは、20年後の今や22を数える。ひとつひとつがまったく異なる設計や構造をもつキャリバーを、ほぼ毎年、1つ以上開発してきた。
「通常の時計ビジネスなら、ひとつのキャリバーが完成したら量産効果で元をとれ、と教えるだろうけど、ウチは逆で、沢山あれこれ創りたいから創るというスタイルなんです。今のところ、MB&Fのキャリバーというかコレクションは大別してふたつ。‘HM’(エイチ・エム)、ホロロジカル・マシーンと、‘LM’(エル・エム)ことレガシー・マシーンです」
前者がモダン建築や自動車など、ミッドセンチュリー前後のカルチャーから着想を得ているのに対し、後者はより19世紀以前からの伝統的な時計造りのエッセンスにインスパイアされているという。
「例えば‘HM N°11(エイチ・エム ナンバー11)’は360度、水平回転するケース自体を少し前にあった360度回る展望レストランみたいな建築に見立てて、シースルーのリューズなど4つの部屋を備えています。時分表示やパワーリザーブ表示が、ネルソン・クロックみたいでしょう? でも中心となっているのはフライング・トゥールビヨンなんです。ケースが回ることでゼンマイの巻き上げにもなるんですけど、この滑らかな動きを出すために99個のベアリングを使っているんですよ」
このキャリバーの開発には約3000時間ほど、年にして4,5年かかっているとか。デザインに1年、ムーブメントの機械的な開発に3年、プロトタイプを組み上げて動作や防水性のテストをするのにまた1年ほどだという。
「ケースだけで92の部品があり、Oリングのようなジョイントだけでも19個ほど用いています。ケース自体も複雑ピースなんです」
そしてレガシー・マシーンの方も、見た目がややクラシック寄りというだけでなく、機構もコンセプトも負けず劣らず刺激的だ。
「この‘LMパーペチュアル・エヴォ’は北アイルランド出身で、時計師じゃなくて神学教授であるスティーブン・マクドナルドが考案したんですけど、ひと月が31日ベースのパーペチュアルカレンダーではなく、28日を基本にしているんです。31日ある月って、年に6回しかないんですよ。なのに28日から1日のように最大3日から2日も飛ばして表示するのは、ムーブメントにも負荷がかかるわけです。だから彼は28日を基準に、それ以上長い月は間に29や30を挟んで表示するシステムを考案したんです」
このモデルは2022年にGPHG(ジュネーブ時計製造グランプリ)を獲得するなど、高い評価を得た。裏蓋シースルーから覗く地板は、伝統的なコート・ド・ジュネーブ仕上げだったりする。
「それも伝統的モチーフですね。レガシー・マシーンは19世紀以前の時計造りの伝統ですとか、ジュール・ヴェルヌの科学小説とかエッフェル塔といった世界観なんです」
ところがふたつの系統の異なるコレクションだけで終わらないのが、MB&Fの面白さでもある。それが「M.A.D.」シリーズだ。メカニカル・アート・デバイスの略だが、英語で別の意味に察せられるのは承知の上だとか。
「昨年発表した‘M.A.D.1S’が始まりで、ディフュージョンブランドとかサブブランドという見方もあると思います。元々はMB&Fやサプライヤーの業者さんたち、つまりMB&FのFにあたる友人たちが、MB&Fの通常コレクションのタイムピースが高額過ぎて買えないことがフラストレーションだったんですね。それでマックスがミヨタのムーブメントをベースに考えたシリーズで、2900~3000スイスフランなんです。それが爆発的に好評で、じゃあ友人たちに完全な自由裁量を与えて創ってもらうことにしよう、と。ええ、まったくのノリで始まったところがあります(笑)」
それで‘ M.A.D.2’はMB&Fのデザインを長年手がけているエリック・ジルーに、好きなようにデザインするよう頼んだという。結果は予想以上のものだったとか。
「そうしたら彼は、DJのアナログレコード、ターンテーブルをイメージした時間表示を考えてくれたんです。テクニクスのSL-1200というモデルが元ネタだそうで。外周側、これはローター上のドットでスーパールミノバが載っていて、回転すると明滅する効果が出るし、自分表示も針の1点づつ指すところがレコードっぽいでしょう? 大人気なので、オンラインで登録のうえ、抽選という形で販売しています」
これからの「MB&F」とは?
日本で買える日は来るのか?
M.A.D.の各モデルは限定生産ではないが、おおよそ2000本前後の生産を目安としているという。ちなみにMB&Fに勤める時計師は、7人のみで年産400本を支えているため、M.A.D.シリーズはジュネーブの組立工場にアウトソーシングしているそうだ。
サブブランド・シリーズはオンラインで抽選販売であること、パリのクロノパッションやシンガポールの有名時計店など、ごく一部のコレクター向けショップで取り扱いがあるのみで、ほぼ直売でやっていく方針など、情報開示にも積極的なルジェレ氏だが、この日はひとつだけシークレットがあった。
「5月20日に発表しますが、当初から述べていた通りMB&Fは20周年なので、記念モデルを発表します。今回は写真の掲載は勘弁して下さいね。あとひと月半後にはお見せしますから。子どものような想像力をマシーンで実現していくのがMB&Fのモットーで、マックスが子どもの時に大好きだったという‘ゴールドラック(永井豪原作のアニメで、邦題はUFOロボ グレンダイザー)’にインスパイアされています」
5月半ばの続報を、楽しみに待つとしよう。
写真/松島史弥(BOIL) 文/南陽一浩