2025.11.04

世界が再び香港に集う 第44回香港ウォッチ&クロック・フェア/第13回Salon de TIMEレポート

2025年9月2日から6日までの5日間、香港コンベンション&エキシビション・センター(HKCEC)にて第44回香港ウォッチ&クロック・フェアと第13回Salon de TIMEが同時開催された。主催は香港貿易発展局(HKTDC)、香港時計製造業協会、香港時計商工業聯会の3団体。15の国・地域から650社を超える出展があり、会期中は95の国・地域から約1万6000人のバイヤーが来場。世界各国から多くのメディアも駆けつけ、時計Begin取材班もその一員として現地を取材した。

香港ウォッチ&クロック・フェアが初めて開催されたのは1982年。当初は部品や完成時計のBtoB取引を目的とする産業見本市だった。だが、香港が時計輸出の一大拠点として発展するにつれ、その規模と地位は急速に拡大。ひとつの転換点となったのが、2013年に導入された高級ゾーン「Salon de TIME(当初はSalon de TE)」の登場だ。ラグジュアリーブランドも集う”ショーケース”として発展し、業界関係者だけでなく一般の愛好家も訪れる場へと進化した。パンデミックによる中断期を経て、2023年から海外バイヤーが完全復帰。2025年は、香港が再び”世界の時をつなぐ都市”としての復活を強調する回となった。

今年のテーマとして掲げられたのは「Our Time. Our Moments.(私たちの時、私たちの瞬間)」。時計文化の”いま”を体感できる空間として構成されていた。

産業サプライチェーンを網羅した香港ウォッチ&クロック・フェアでは、さまざまな専門ゾーンを設置。主にOEM用の完成時計から、文字盤やムーブメントなどのパーツ、さらには針やローターといった微細な部品を扱う専門メーカーが集結していた。トゥールビヨンをはじめとする高コスパな機械式ムーブメントや加工精度の高いサファイアクリスタルガラスも見られた。契約上の観点から名言は避けられているものの、これらはスイスの高級メゾンが採用する代物でもある。トレンドに寄せるあまり、既存モデルとの強い類似性をうかがわせる”オリジナル”を見かけることもあったが、中国製製品の品質は年々向上しており、先進技術の現在地を味わうことはバイヤーではない一時計ファンにも十分な関心を抱かせるものだった。このほかにも工作器具や精密検査機、パッケージ、陳列用什器もあり、目を喜ばせてくれた。

一方、世界約140ブランドが集結したSalon de TIMEでは、それぞれの世界観を打ち出す展示が展開された。

香港有数の宝飾・時計小売企業プリンス・ジュエリー&ウォッチ社の協力により始まった「ワールド ブランド ピアッザ」ではボヴェ、コルム、クストス、フランクミュラー、パルミジャーニ フルリエ、ボーム&メルシエ、ユリス・ナルダンなど高級ブランドの品々が並び、香港を代表する高級ゾーンとして確固たる存在感を示した。

また、新設された「マイクロブランド」ゾーンでは、イーワンやOVDなどデザイン性と独自性を武器にする新興ブランドが集まり、若年層バイヤーやコレクターの注目を集めていた。

このほか、トレンド志向のファッションウォッチを集めた「シック&トレンディ」、クラフツマンシップあふれる時計がそろう「クラフト トレジャー」、ヨーロッパ発のクラシックブランドが集結する「ルネサンス・モーメント」では、アイスウォッチ、アンダーン、イエマ、スピニカー、タックス、ツェッペリン、ピエールラニエ、ブリストン、LIP、ロックマンなど、日本でも流通しているブランドを散見。新作や主力モデルを陳列して、それぞれの個性や魅力を訴えていた。

日本発のメーカーとして奮闘していたのが、サン・フレイムだ。革の縫製や染めの技術など国内9社の技術力を結集したことで話題を呼んだ「SUNZ01」や、透明なサファイアクリスタル製ケースをまとった受注生産品をお披露目。担当者曰く、海外への新規販路の開拓というよりブランド認知の拡大のための出展とのことだったが、来場者がブースの前で絶え間なく足を止めている様子を見るに、その目的は十分に達成されたようだ。

もちろん、開催地である香港や中国本土で生まれた時計ブランドの存在も目立った。トゥールビヨンを専門とするメモリジン、中国国内での歴史・知名度ともに高い上海ウォッチ、ムーブメント提供メーカーとしても有名なシーガルなどは大型のブースを確保し、保有する多くのモデルを展示。ホームグラウンドであるだけに来場者の数も群を抜き、常に活況に包まれていたのが印象的だった。

Salon de TIMEでは時計パレードや新作発表、時計鑑賞と中国茶文化を融合したセッションなども実施。展示の枠を越えた体験型企画が来場者の関心を集めた。

なお、会場となったのは香港随一の名勝地であるヴィクトリア・ハーバー沿いに建つ香港コンベンション&エキシビションセンター。日本でいえば東京ビッグサイトのような、展示会・見本市の一大拠点だ。前述の通り世界95の国・地域からの来場があり、多くの時計ブランドを抱えるヨーロッパ圏のみならず近隣のアジア圏からもたくさんの人が押し寄せており、豊かな国際色を感じさせた。欧州の名門が集うウォッチズ・アンド・ワンダーズとは方向性が異なるが、規模感からいって”アジア最大級の時計イベント”との呼称に誇張はない。日本には世界に誇る大手時計メーカーがおり、中堅もマイクロブランドも複数存在しているが、世界を飲み込もうと勢いづくこの国の現状を目の当たりにすると、あぐらをかいてはいられないのではないかという気持ちにさせられる。

ジャーナリスト向けに会期初日に開催された「香港インターナショナル・ウォッチ・フォーラム」でも指摘されたが、時計産業においてもっとも大きな指標となるスイスの時計輸出額は、2025年1~7月で香港が前年比11%減、中国本土が同17%減。24.1%も増加したアメリカ以外はどの国・地域も減少しているが、香港・中国本土の減少幅が大きなものだ。しかし、HKTDCが実施した来場者アンケートでは、59%が「今後1~2年で売上増を見込む」と楽観的な回答を寄せているように、世界需要の回復とともに再び成長軌道に乗りつつある。特に香港はアジア随一の物流・金融インフラであり、関税が課されない自由貿易港や中国本土市場へのアクセスのしやすさという強みはいまなお健在だ。
「香港は情報が行き交い、買い手と作り手が直接つながる場所。ここにくれば、時計産業の動きが見えてくる」と出展者の一人は語る。

世界の時計業界が再び香港に集い、未来の秒針を合わせた──。年々勢いを増すフェアに参加してみて、そうした確信を新たにする5日間となった。

主催:香港貿易発展局(HKTDC)
https://japanese.hktdc.com/ja/

文・撮影/横山博之