2025.12.22

世界が再び香港に集う 第44回香港ウォッチ&クロック・フェア/第13回Salon de TIMEレポート Part.2

2025年9月2日から6日までの5日間、香港コンベンション&エキシビション・センター(HKCEC)にて開催された第44回香港ウォッチ&クロック・フェアおよび第13回Salon de TIMEでは、世界的に知られた高級スイス時計のほか、開催地である中国・香港の時計ブランドも数多く出展されていた。技術開発力に長けた大手からあまり聞き馴染みのない新興勢まで、興味深いブランドをいくつかご紹介する。

エントランス近くのブースで最も目立っていたのがシーガル(SEA-GULL)だ。1955年に創業した天津時計工厂を前身とする中国の最古参メーカーで、1970年よりシーガルの名で完成時計を展開。年300万個という世界最大級の機械式ムーブメントの生産能力と開発力を駆使し、主に1万円から40万円の価格帯にて、自社性ムーブメントを搭載した時計を多数展開している。

今年は70周年に当たることから、過去のアーカイブとともにヒストリーを掲示。初代モデル「五星表」や1963年に発売された中国空軍向けクロノグラフ「1963」の復刻、世界初公開された超薄型自動巻きトゥールビヨン腕時計が話題に上っていた。

中国ブランドでシーガルに並ぶ存在なのが、中国・遼寧省を拠点に1957年に創業したピーコック(PEACOCK)だ。機械式腕時計や時計部品を製造し、特に近年は高級複雑機構のスペシャリストとしての評価が向上。30〜200万円を主とする自社名を関した時計ブランドは、伝統的な中国の意匠と最先端技術を組み合わせる点が特徴だ。

目玉モデルとしてお披露目されたのが、自社開発のSL5353ムーブメントだ。文字盤上の5時と7時位置にそれぞれ独立した球状トゥールビヨンケージを配置し、各ケージが1分で一回転、三軸で重力誤差を打ち消すという画期的な構造を実現している。同ムーブメントを搭載したコンセプトウォッチ「3Dダブルスフェリカル・トゥールビヨン」も展示され、衆目を集めていた。

このほか、紫のストラップと焼き入れ青色針の組み合わせが宇宙の神秘を感じさせる「ブラックホールセントラル3D スフェリカル トゥールビヨン」も初公開され、独創性とともにピーコックが誇る開発力を訴求していた。

日本国内に正規流通網を持つことから、時計通では知る人も少なくないのがメモリジン(MEMORIGIN)だ。メモリジンは2011年に香港で創立され、トゥールビヨンモデルのみを展開。ムーブメントは香港で設計し、スイスの部品を使って中国で組み立てるというハイブリッド方式によって品質を高めつつ、主に50〜150万円クラスとスイス製に比べ比較的手の届きやすい価格帯を実現しているのが特徴だ。

会場では、新作「マーメイド」を展示。3時位置にトゥールビヨンに備える他、人魚のシルエットを用いた6時位置の半球形蓄光GMTデュアルタイムや、人魚の尾をかたどった9時位置のダイヤルなどを採用していた。SSケースには多色電鍍加工を施し、ストラップはガルーシャを用いるなど、人魚の優雅さを細部に至るまで表現。創立からわずか数年で香港を代表する高級時計メーカーにのし上がった実力を、遺憾なく発揮していた。

時計ファンのみならずミリタリー好きも注目するのが、香港の時計商社が展開するレッドスター(RED STAR)だ。創業者がシーガル社に勤務していた背景から、同社の信任を得たうえで中国空軍のパイロットクロノグラフ「1963」の復刻モデルを発表し、人気を獲得。その後もクロノグラフやGMTなどアビエーション時計を手掛け、愛好家の間で名が広まったブランドだ。多くのモデルが10万円以下という手軽な価格帯もウケている。

特段の新作はなかったものの、24時間表示ウォッチやジャンピングアワー搭載モデル、限定復刻クロノグラフなど、クセのあるラインナップを展開。マニア心をくすぐるラインナップとなっていた。

中国時計ブランドの中で、飛ぶ鳥を落とす勢いを見せているのがフィータ(FIYTA)だ。1987年に中国・深センで創業したメーカーで、2000年代に入ってからは中国有人宇宙船「神舟」ミッションの公式クルーウォッチに採用、初宇宙遊泳時にはフィータの「スペースマスター」機械式クロノグラフが飛行士の腕に巻かれたりと、中国の宇宙開発事業と密接に関わり続けている。1〜25万円前後の時計がメインだが、近年はスイス製機械式ムーブメントを搭載した高級ラインなど取り扱う範囲が拡大している。中国国内の時計メーカーとして唯一の株式上場企業で、現在では政府系航空会社「中国航空工業集団(AVIC)」の子会社として国家プロジェクトとも連携しつつ、確固たる地位を築いている。

代表するモデルが「宇宙船」シリーズだ。フィータのデザイン総監でもある孙沐楊氏のブランド「ムーンヤン(MOONYANG)」との共同開発で、宇宙船を思わせるアシンメトリーケースが特徴。ケースはチタンを使い、トゥールビヨンや回転シリンダー型GMT表示を搭載したモデルなど、独創性に溢れたモデルが披露されていた。

独創性という意味では、ズバイオランド(ZBIOLAND)の存在も欠かせない。近年に誕生したばかりの中国独立系時計ブランドで、価格は20万円〜60万円ほど。SFやサイバーパンクをテーマしたモデルが多く、ユニークなタイムピースを創造している。

ベゼルを回転させてぜんまいを巻き上げ、解放すると文字盤上でチタン製の蛇がうねるように動く「スネーク」が好例だ。映画『ハリー・ポッター』と公式にコラボした「秘密の部屋」限定モデルは映画の一場面を切り取ったようでもあり、バイヤーから注文が殺到していたようだ。

初の自社製ムーブメントを搭載した「スターリンク」は、分表示に極細チェーン機構を用いた独自機構を採用。精緻なチェーンが滑らかに動き、衛星を模したオブジェクトが分を指し示す様子を眺めていると、奥底に眠る童心に火が付かずにはいられない。

そのほか内燃機関をモチーフにした「ラジアルエンジン」や宇宙船が発射台から打ち上がる様子を模した「スペースロケット」など型破りなコンセプトを商品化し、時計の新たな地平を開いている。

一方で、“いかにも中国”といった東洋の美学を押し出すブランドもある。上海(SHANGHAI)がそのひとつだ。上海は1955年に上海市で創業し、1958年には国産初の大量生産腕時計「A581」を完成させ、中国の時計製造を世に知らしめた存在。周恩来首相が長年愛用していたことでも知られている。現在は機械式ムーブメント製造から組立まで一貫する自社一貫体制を維持し、30~80万円ほどの価格帯で、東方美学を伝承する時計を展開している。

なお、中国では2018年頃から若者を中心に「国潮(グオチャオ)」と呼ばれるムーブメントが起こっている。それまで敬遠されがちだった中国の伝統的要素を積極的に取り入れようとする動きで、時計業界にも波及している。

会場内でも、趣き深いモデルが展示されていた。名作「A581」の復刻や、明代に作られたといわれる庭園「豫園」のレリーフを表現したモデルなど、歴史や中国文化を感じさせる時計が存在感を発揮していた。

1958年に設立された北京時計工場が起源の北京(BEIJING)も、「国潮」の流れに乗るブランドだ。高度なキャリバーを次々と発表し、中国初のトゥールビヨンやミニッツリピーターの開発にも成功。現在は前述のフィータグループ傘下に入り、資本力を得てさらなる高級路線を推進している。

青龍や白虎といった伝統の聖獣や、吉兆を表す「福禄寿喜」のモチーフなど、中国らしさにあふれたモデルを数多く展示。100万円を超えるものを多い。琺瑯工芸など伝統工芸との融合も特色で、中国におけるメティエダールを感じさせた。

10万円〜50万円ほどの中価格帯に強いラッキーハーヴィー(LUCKY HARVEY)も、「国潮」の恩恵を受けるブランドだ。「遊び心ある時計」をスローガンに2021年に中国・広州市で誕生した新鋭の時計ブランドで、文字盤上で羽ばたく鳥や動くキャラクターなどのオートマタ付き腕時計や、音の出る機構を持つチャイミングウォッチなど、「見て楽しく触れて面白い」時計を次々と発表している。

代表モデルのひとつが、「龍」だ。ドーム風防の中で立体的に彫刻された龍が鎮座する、度肝を抜くデザイン。隙間から除く2つのディスクで、時と分を読み取る仕様だ。

「ダンシングライオン」は日本の獅子舞に似た中国の伝統芸能がモチーフ。時と分を表す2つの目がくるくると回り、舌も上下に動く様子は実にユーモラスだ。

今回紹介した中国・香港ブランドのほとんどは日本国内に正規流通網がなく、入手するには現地販売店や海外ECサイトを通じた並行輸入、もしくは中国本土・香港への渡航時の直接購入が基本になる。そのため、アフターサービスや修理の可否といった懸念は残ってしまう。ただ、そうした状況だからこそ “知る人ぞ知る一本”としての価値があるといえるかもしれない。他人と被らない新たな選択肢を求める時計ファンにとっては、これらのブランドが秘める魅力は十分に探る価値があるはずだ。

主催:香港貿易発展局(HKTDC)
https://japanese.hktdc.com/ja/

文・撮影/横山博之