2018.07.15

小沢コージの情熱ですよ腕時計は 「永久カレンダーやミニッツリピーターもたぶん作れます」[後編]

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人に作れるものが自分に作れないわけがない

小沢 独立時計師アカデミーの浅岡 肇さんや菊野昌宏さんでも作ってない物をなんで自作する?

山下 ひげゼンマイは単品購入できないし、ムーブだけ買って取り出したくなかった。それに既存ムーブをベースに作るのは面白くないので。

小沢 確かにETA買って改造したりしますよね。スイスの時計ブランドとか普通にやってますよ。

山下 それ全く知らなくてスイスの人はイチからみんな作ってるんだと。ETA買ったのも今年に入ってからだし、そもそも独立時計師の存在すら最近まで知らず(笑)。

小沢 よくそれで機械式腕時計を作る気になりましたね。

山下 逆に知らなかったからできたんじゃないですか。僕自身作るのが当たり前だと思ってたし。

小沢 その「人に作れるものが自分に作れないわけがない」って発想がいいですね。でもひげゼンマイは実際難しかったでしょ?

山下 最終的にはメーカーに頼もうとしまして、そしたら某国産時計メーカーの人だったかな?電話を掛けてきてくれて「申し訳ないけど取引できない。でもこういう方法で作っているんだ」と。

小沢 教えてくれたんですか!?

山下 そう、凄いんですその方。で結局、ベリリウム銅の線から作ることになりました。

小沢 ただの針金じゃないですか。

山下 それを圧延機で平たくする。

小沢 このパスタマシンみたいなのできしめん状態にするんだ!

山下 後は析出硬化と言って熱処理すれば固まります。ただし銅だと熱変化に弱いので鉄合金がいい。

小沢 どこで析出硬化の知識を?

山下 大学の授業でちょろっとやったのを憶えてました。英単語や漢字は全く憶えられないのに(笑)。

小沢 そこが才能だよね。実際、大学の知識って役立つんですね。

山下 基本技術や知識は既に教わってると思います。ただし、それを本当に使えるかはその人次第。

小沢 ということは今の時計作りの知識は、基本的な工学知識やネット情報やYouTube動画で独学で憶えたんだと。会社で鍛えた設計技術はあまり関係ない?

山下 それも役立ってます。直接的には少ないですが、機械を作るという考え方は同じですし、逆に時計作りが本業にも役に立ちます。

小沢 とはいえ27歳、たった5年目で初めて作ったトゥールビヨン。難しくなかったですか?

山下 難しいっちゃ難しいけど、大事なのは図面通りに部品加工し、図面通りに組み立てることで、そこに違いはないんです。もちろん調整は面倒くさいんですけど。

小沢 ってことは他の複雑時計、永久カレンダーやミニッツリピーターもやろうと思ったらできる?

山下 できると思います。

小沢 つまり最新工業技術で機械式時計は作れるってことですね。スイスの伝統にこだわらずとも。

山下 正直、作り方に対してこだわりはないです。あるとしたら「より良い物を作ろう」という。そのために手段があるわけで。

小沢 ところで今は独立してフリーの機械設計エンジニアをやってて、時計作りは趣味ですよね。将来は独立時計師になるんですか?

山下 今、時計の歯車製作マシンの製作を請け負っててこれが仕事になればそれもいいなと。自分で時計を売るとなると仕上がりも良くしなきゃいけないし、ビジネスを根本から考えなきゃいけないので。

小沢 今は仕事と趣味の両立を楽しんでると。若いし。

山下 そういう感じです(笑)。

「永久カレンダーやミニッツリピーターもたぶん作れます」

時計パーツの₉ 割以上は左奥のCNCフライス盤で製作。残り一部を時計旋盤で加工する。ただ現状精度が数10ミクロン単位と低いため、今度ミクロン単位のCNCフライス盤を自作する予定。

 

右から腕時計1 作目、2作目、自作のトゥールビヨン。

 

製作期間約10ヵ月のトゥールビヨン。腕に着けて使用可能。実際、普段の生活で着用しているとのこと。

 

[時計Begin 2018 SUMMERの記事を再構成]
文・写真/小沢コージ