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2019.04.20
【小沢コージの情熱ですよ 腕時計は】副業独立時計師!サラリーマンでトゥールビヨンを作ってしまった男
「軽ハイトワゴンに乗ってる普通のマイホームパパがトゥールビヨン作り(笑)」
日本の物作りも捨てたものじゃないというか、イマドキなチャレンジャーを見つけてしまった。本業はサラリーマン、公園管理会社でシステムエンジニアをしながらトゥールビヨンを作ってしまった小栗大介さんだ。元々時計マニアなのはもちろん、日本が生んだ独立時計師に憧れ、自前のプログラム技術とネット情報と創意工夫でなんとかしてしまった男。実は時代が生んだ副業時計師なのかもしれない。
PROFILE
小栗 大介(おぐり だいすけ)/大阪在住の1級時計修理技能士兼副業独立時計師。本業は公園管理のシステムエンジニア。幼少期から物作りが好きで、小学校時代はガンプラを作りまくり、その後釣りにハマって高いルアーが買えずに自作。高校卒業後は理系の専門学校でコンピュータのプログラミングを学ぶ。社会人になった22歳頃に当時の機械式時計ブームにハマり、ロレックスやクロノグラフをコレクション。その後横浜の地図ソフトメーカーに遠距離通勤するも子どもが生まれた39歳で退社。1年間時計修理学校に通い、その後現職。実際にトゥールビヨン作りを始めたのは構想半年でわずか1年前から!
ネット時代が生んだ副業独立時計師
小沢 小栗さん、本当にサラリーマンなんですか?
小栗 普通のサラリーマンです(笑)。公園管理のコンサルティング会社で、コンピュータのシステムを作ってます。従業員15人ぐらいの小さな会社ですよ。
小沢 しかも自家用車の軽ハイトワゴンから察すると……。
小栗 二児のパパです。特に資産家とかでもないですし(笑)。
小沢 普通のマイホームパパがトゥールビヨン・ビルダー! お子さんに時計作りのジャマされません?
小栗 されまくりです(笑)。ですから夜中に子どもが寝てからとか。
小沢 うわー、予想と全く違いますよ。もっとストイックな時計オタクかと思ってた。
小栗 まったくのド素人です。旋盤やフライス盤なんて扱ったことないし、完全に独学。
小沢 では専門はなにを?
小栗 コンピュータ・プログラム。
小沢 つまり基本コンピュータ打ち込みによるNC(数値制御)工作機でパーツを作るんですね。
小栗 そうです。元々時計は好きでしたが作り出したのは1年半前。
小沢 いつから時計好きに。
小栗 社会人になり立ての22歳頃、それこそビギン見て、古いロレックスってカッコいいなぁとか。手巻きのロレックスとか古いクロノグラフを集めてましたね。
小沢 そこまでは僕と同じ(笑)。
小栗 でも39歳でいったん会社を辞めて1年間時計修理学校に行きました。当時横浜の会社に勤めていて土日しか家に帰れない。子どもが生まれたばかりで、世話しながら時計学校に通ってました。
小沢 時計で食べていきたかった?
小栗 少しありましたが、就職先が少ないし、給料も厳しくて。
小沢 とはいえよく時計を作る気になりましたよね。そもそもなぜトゥールビヨンなんです?
小栗 やはり時計好きにとっての夢だと思います。だけど買えないし、作っちゃえと。実際作るのはそんなに難しくなかったですし。
小沢 その辺りは人によるし、実際にどこまで作るかですけど。
小栗 基本は既存ムーブメントの流用です。その上のトゥールビヨンのキャリッジを自作してます。
小沢 パーツ数はどれくらい?
小栗 10個ぐらいですかね。市販のユニタスムーブメントを買ってきてガンギ車、アンクル、テンプの脱進機構を外して、それを入れる専用キャリッジを作る。後はそれを地板の上で回すだけです。
小沢 そう聞くと簡単ですが、理屈はどうやって覚えたんですか。
小栗 主にネットです。
小沢 それ、日本人独立時計師の浅岡さんも言ってました。構造はユーチューブで覚えたと(笑)。でも設計図は載ってないでしょ?
小栗 カタチを見て写す感じです。ネットがなかったらおそらく作れてないかも。
小沢 結構凄い時代ですよね。ネットが生んだサラリーマン時計師
「浅岡さんがプロなら、僕は草・副業独立時計師なのかも(笑)」
作るのは難しくない問題は精度
小栗 とはいえ理屈はシンプルだし、心臓部のテンプ自体はまだ流用なのでそれほど大変じゃない。問題は工作精度です。最初に組み付けた時は、噛み合いが悪くてピクリともしませんでした。
小沢 でしょうね。プロ用の高いNC工作機は使えないだろうし
小栗 工作機はアマチュア用で約15万円。後は結構いい時計旋盤を買って25万円。パソコンが約1万円でCAD、CAMソフト5万円、基本工具に15万円で全部で60万円くらいしか掛かってません。
小沢 ある意味、時計作りのハードルは下がってるんですね。でもそのレベルだと工作精度は?
小栗 ずっと同じNC使ってますが50ミクロンぐらいアッという間にズレますよ(笑)。
小沢 50ミクロンのズレって……。それをどう解決したんですか。
小栗 ズレは加工の時間が長いほど増えていくので、穴をまとめて開けるとズレないことがわかってきて、作業の順番を工夫しました。
小沢 つまりNCのクセを掴んだと。
小栗 そうです。結局そのクセを掴むのに1年ぐらい掛かり、更に切削モーターを2回ぐらい変えました。やはりトルクがないと削る時に軸がブレるのでここでも精度はだいぶ上がって。後は素材を真鍮からアルミに変えました。軽い方が圧倒的にロスが出にくいので。
小沢 今の精度が出たのは?
小栗 半年ぐらい前で、今私の手に着けている2作目は製作期間4ヵ月です。一応マトモに動くようになったのでケースもNCで作って。なんだかんだで構想から1年半でここまで辿り着きました。
小沢 それって早くないですか?
小栗 そうですね。1作目は構想半年で1年前に作り始めて、組み付け時は動かなかったのがなんとか1時間ぐらいは動くようになり、その後今の2作目でキャリッジの上を押さえるようにしたり、部品合わせをしてから穴を開けるような加工上の工夫をし始めたら工作精度が飛躍的に上がりまして。
小沢 現状精度はどれくらいですか。
小栗 平置きだったら1日1分は狂わないです。でもハメてると結構狂います。1日5分とか(笑)。精度を高めるためのトゥールビヨンなのに、結局、なんのためだかわからないという。
小沢 とはいえトゥールビヨンはトゥールビヨンであることが命ですから。ところで独立時計師の浅岡 肇さんはご存じですよね?
小栗 もちろんです。お会いしたことはありませんがフェイスブック上では繋がっていますし、出来上がった時は褒めていただきました。実際、僕がトゥールビヨンを作り始めたのも浅岡さんの存在が大きいんです。時計学校を出たとはいってもそれまで自分でトゥールビヨンが作れるとは思っていなかったですし、貴重なお手本です。アルミを使う手法や、部品合わせの工法も彼のやり方です。
小沢 確かにフェイスブックとかブログに色々書かれてますよね。
小栗 あれはある意味マニュアル代わりです。
小沢 実は浅岡チルドレンなのかもしれないですね。
小栗 間違いなく影響されていると思います。もちろん浅岡さんがやられている仕事とは金額も技術レベルも全然違いますけどね。誤差も数秒レベルでしょうし。
小沢 ですからあれですよね。浅岡さんがやってるのがW杯サッカーだとしたら、草サッカー。
小栗 そうです。草トゥールビヨン時計師(笑)。
小沢 結局、昔のような職人技術を必要としないわけですよね。
小栗 今のところ……。
小沢 ところで次の目標は?
小栗 現状キャリッジが分厚いんでもっと薄く作りたいし、あと5個ぐらい作ればノウハウもかなりたまるでしょうし、将来はホームメイド・トゥールビヨンを作りたいです。もちろんそれで稼ぐというよりお金のない時計好きサラリーマンに買って欲しい!
小沢 まさに副業独立時計師か。
小栗 浅岡さんには「時計師をバカにするな」と怒られちゃいそうですけどね(笑)。
小沢コージ/時計好き自動車ジャーナリスト。海外試乗のついでにバーゼル&ジュネーブ取材に寄ることも多く、日本と海外の物作り思想の違いなどにもうるさい。人物取材も得意。
[時計Begin 2019 SPRINGの記事を再構成]