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2019.06.20
スイス時計界の巨星、ジャン-クロード・ビバー氏が語る「現在と未来」【受け継ぐ時計】
時計が本来持つメッセージを大事にしたい
ジャン‐クロード・ビバー氏引退!? 昨年9月、そのニュースが駆け巡ったとき、俄かには信じることができなかった。2ヵ月後に来日したビバー氏は、以前と変わらぬ元気な様子で、“現在”と“今後”を語ってくれた。45年ものキャリアから発せられた含蓄に富んだ言葉の数々。「受け継ぐ時計」初の再登場に括目せよ。
「自由度が増した立場で後進の育成に取り組みます」
時計界の巨人、ビバー氏引退は本当か!?
今回の報道を受けて、「リタイアするのか?」と多くの人に聞かれましたが、答えは「ノー」です。リタイアしていたら、日本にも来ていませんよ(笑)。ノンエグゼクティブ、つまり執行権のない会長になりましたので、ビジネス全体の責任は、ある意味軽くなりました。これまでより自由度が増し、全体を俯瞰できる立場になったと言えるかもしれません。顧問的な立場で、後進の育成に力を注いでいくことになると思います。
ウブロCEOになったときのような新しいビジネスプロジェクトに携わる考えは、現時点ではありません。まあ、様子を見ながら、ということでしょうか。
長い間、ウォッチビジネスに関わってきましたから、記憶に残るモデルはいくつもあります。ウブロであれば、以前このページでも紹介した「ビガー・バン オールブラック」。普段は99%、この時計を身に着けています。それから「ビッグ・バン」。この時計は、私の生涯において最大の成功例と言えるでしょう。2004年にウブロに入社したとき、「過去と未来を融合させなければならない、それがフュージョンだ!」と思ったんです。ブランパンやオメガに在籍していたときは、そんなことは考えませんでした。やはり、ウブロだったからでしょうね。
ゼニスでは、「デファイ ラボ」ですね。ギィ・セモンさんが開発した新型オシレーターは、本当の革命だと思っています。彼は天才ですよ。1675年にホイヘンスが発明したひげゼンマイに取って代わるものに、これまで誰も挑戦しようとしなかったことのほうが、逆に信じられない。やはりウォッチメイキングは、クラシックなものです。それが、これまで大きな変革に至らなかった理由かもしれません。
「デファイ」は、確実に次の時代のスタンダードになっていくと思います。コネクテッド・ウォッチも、いつか陳腐化するときが来るかもしれませんが「デファイ ラボ」は決してそうならない。機械式でありながら、摩耗もなく、潤滑油も必要ない。200年だって動き続ける。機械式時計は永遠と言いますが、この時計は、本当の意味での永遠を保証してくれるものです。2019年から、量産が始まります。
ブランパン、オメガ時代の記憶に残るモデル
オメガ時代で記憶に残るモデルは、「スピードマスター・プロフェッショナル」ですね。手巻きのムーンウォッチを復活させたのは、私なんです。
ブランパンでは「ムーンフェイズ」。最初に作った時計ですから。私がブランパンを1スイスフランで買収したという噂もあるようですが、正しくは2万2000スイスフランでした。当時のブランパンには、名前以外、全く何もありませんでした。1959年にクローズして以降’82年まで、完全に休眠状態だった。でもスイスでは、誰もがブランパンの名前は知っていましたから、そこに新しい命を吹き込んだというわけです。
「時計が持つ幸運と幸福というメッセージを届けたい」
タグ・ホイヤーで成し遂げたソフト・エボリューション
タグ・ホイヤーには2014年から関わり始めました。私がタグ・ホイヤーに何かをもたらしたとするなら、それはレボリューション(革命)ではなく、ソフト・エボリューション(進化)だと思っています。タグ・ホイヤーには150年以上もの歴史があるわけです。人間の場合でも、150歳の人を激しく揺り動かしてはいけないでしょう? それと同じで、150年の歴史を揺り動かさず、緩やかなエボリューションを進めてきました。
タグ・ホイヤーに来て、最初にインスピレーションを受けたのは、やはり1963年の「カレラ」でした。だから、タグ・ホイヤーでの私の最初の仕事が、キャリバー ホイヤー01を搭載した「カレラ」。つまり、それは’63年の「カレラ」をベースにしたソフト・エボリューションだったわけです。「カレラ」の生みの親であるジャック・ホイヤーさんは、素晴らしい人物です。いつまでも若く、判断力に優れ、嗅覚も鋭い。彼が作った「カレラ」が、様々なつながりを作ってくれたと思います。
藤原ヒロシさんとのコラボレーションによる「カレラ キャリバー02 by Fragment Hiroshi Fujiwara」も、本当に受け継ぐ価値のある時計だと思います。彼のデザインはクラシックさとモダンさが共存していて、スポーティでありながらシック、ストロングなのにエレガント。つまり、伝統を継承していながら、未来志向の時計に仕上がっている。だから、受け継がれていく要素が詰まっている。ベースにあるのが’63年の「カレラ」ですから、既に50年以上の世代の継承が、この時計の中にあるわけです。
藤原さんとのコラボレーションを勧めてくれたのは、息子のピエールなんです。彼はデザインが大好きで、日本も大好き。そこからこのプロジェクトが実現しました。だから彼に、この時計をプレゼントしたい、と思っているんですが、まだ実現できていません。
上の息子には、以前紹介したようにウブロの「ビガー・バン オールブラック」を贈りましたが、ピエールはブランパンの「ムーンフェイズ」を着けています。1年ほど前でしたが、彼自身が、それを選んだんです。娘も含め、5人の子どもたち全員に、私が関わったブランドの時計をプレゼントしています。本人たちが一番好きなもの、フィットするものを、贈るようにしています。
プレゼントには、常に何らかの意味があると私は思っています。ラック(幸運)とハピネス(幸福)をもたらすというのが、時計が本来持っているメッセージです。その思いがきっちりと受け継がれるようにと、願っていますね。
ビバー氏自身が選ぶLVMH時代の画期的モデル
HUBLOT
ビガー・バン
オールブラック
2007年発表。「ビッグ・バン」に続いて登場し、「ウブロ・スタイルを作ったモデル」。後にブーム的な様相を呈することになるオープンダイヤルのスタイル。ブラックセラミックケースに、フライングトゥールビヨン、モノプッシャークロノグラフを搭載。
TAG HEUER
カレラ キャリバー
ホイヤー01 クロノグラフ
2015年発表。’14年にタグ・ホイヤーの指揮を執り始めて以降に開発された自社製キャリバー ホイヤー01 を搭載。オープンダイヤルで、スポーティなイメージを演出。伝統を踏まえた「レボリューションではなく、ソフト・エボリューションの成果」と語る。
ZENITH
デファイ ラボ
2017年発表。1675年にオランダの物理学者ホイヘンスが発明したひげゼンマイを用いない画期的な調速システムを、天才的な技術者ギィ・セモン氏が340年以上もの時を経て開発。限定10本が顧客の手に渡ったが、「2019年から量産化が可能」という言葉に期待。
[時計Begin 2019 SPRINGの記事を再構成]
写真/小澤達也(Studio Mug) 文/まつあみ 靖 構成/TAYA