2021.03.13

なぜ女性時計修理士?話題のハートフルマンガ『冠さんの時計工房』作者を直撃!~小沢コージの「情熱ですよ 腕時計は」

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なぜ女性時計修理士?
話題のハートフルマンガ
『冠さんの時計工房』 作者を直撃!

今、時計ファン注目のマンガがある。マンガクロスに好評連載中の『冠さんの時計工房』だ。主人公は若い女性の修理士で、時計と人々との触れ合いを描く"時計人情モノ"とも言える作品だ。いまなぜ時計愛なのか?その作者を直撃する!

PROFILE 

樋渡 りん/(ひわたり りん)大学院修士課程で物理学を専攻、中性子星を研究するかたわら、マンガを描き、仲間とコミックマーケットに初出展。2019年より、若い女性時計修理士の日常を描く『冠さんの時計工房』をマンガクロスで連載。ちなみに主人公、冠さんのキャラクター設定は、年齢20代前半、身長165cm、料理は苦手で、好きな食べ物はチーズケーキとコーヒー。樋渡さん本人は時計に加え、カメラとドライブ好きでもある。

 

なぜいま時計修理士のマンガなのか?

小沢 いまなぜ時計マンガなんですか?昭和な僕から言うと、マンガと言えば野球やサッカーのスポ根モノが分かり易くてよくこんなに難しいジャンルを作品にするなと。しかも職人というか、時計修理士の世界ですよね?

樋渡 他の作家さんとは違うテーマにしたかったのと、自分自身、時計に興味があったので。しかも編集者さんも好きだったので「じゃあ、やりましょう」と。

小沢 元々時計マニアというより、漫画家の樋渡さんがたまたま時計も好きだったんだ。かつての人気マンガだと、テーマからキャラ設定から絵のタッチまで「これが今絶対ウケる」と編集者がマーケティングで決めたりしましたが『冠さんの時計工房』は全然違う?

樋渡 違うと思います。

小沢 しかし、東北に住むうら若き女性で、しかも一軒家の修理工房という設定はどう思い付いたんです?散々取材しましたが修理士は大抵オジサンで(笑)。

樋渡 女性を描いていた方が楽しい、というのはあると思います。

小沢 拝読させて頂きましたが、時計修理の描写が凄く細かいですよね。『時計 Begin』にも人気マンガ「タイムピース」が載ってますが、アチラはブランドストーリーが主です。しかし、冠さんはナゾの可愛い女のコで、突如修理を始める。それも第1話は天真作りですよ。これを読み込ませる技術は凄いなと。

樋渡 ありがとうございます。

小沢 でも難しいとは思わなかったですか?だって主人公の冠さんって、やや非現実的なキャラではあるじゃないですか。時計の分解整備はもちろんパーツまで作れる女性。もしや身近にそういう実在の女性時計修理師がいたとか?

樋渡 いませんし、最初は不安がありました。それまでラブコメをメインで描いていたのですが、不安だったので最初にコミックマーケットに出してみて、お客さんの反応を見てたんです。

小沢 でも、コミケに時計マニアなんて集まってこないですよね?

樋渡 時計に限りませんが、いろんなマニアが集まるイベントではあるので。

小沢 実際の手応えはどうですか?そもそも時計ファンかマンガファンか。

樋渡 どうなんでしょう。ただ私がとても嬉しかったのは、私のマンガを読んで機械式時計に興味が沸いてきたという方がいらっしゃって。

小沢 今年の11月に単行本の3巻目が出ましたよね。売れ行きはどうですか?

樋渡 手応えはあります(笑)。

小沢 描いていて難しさ、楽しさは?

樋渡 やはり難しいのは、ストーリーと技術解説のバランスの加減で、技術に話を傾けすぎると分からない話になっちゃいますし。

小沢 確かにやや難解な振り子の等時性とかの話が出てくる。でも図解を含めてかなりシンプルですよね。

樋渡 マンガなので、なるべく文章は短くし、代わりに絵で見せたいので。

小沢 絵は可愛く主人公、冠さんの細かい感情の揺れ動きがメインで、少女マンガとは言わないけど、スポコン物とは全然違います。このあたり、昭和なオッサンにはちと分からない部分もあって。

樋渡 最近スポコンマンガってどうなんでしょうね?今やどのマンガも主人公の気持ちの揺れ動きが主軸になりつつあるような気がします。

小沢 そうか。それに時計の面白さを組み合わせるという発想は、イマドキ全然アリなんだ。

樋渡 そうだと思います。

 

「元々時計は好きだったし誰もやらないジャンルに挑戦してみたくて」

愛用のワコムの液晶タブレット。

取材から形作ることもあり、鉄道時計の回は3ヵ月かけて復刻版SLを取材。岩手県の遠 野駅では運転士にロングインタビューも。これは資料用に買った国鉄時代の精工舎(現・セイコー)の鉄道時計。

愛用デジカメの富士フイルムX-T4

振り子時計の回は、盛岡にある南昌荘の柱時計にまつわる実話を元にしている。

愛用のワコムの液晶タブレット。
取材から形作ることもあり、鉄道時計の回は3ヵ月かけて復刻版SLを取材。岩手県の遠 野駅では運転士にロングインタビューも。これは資料用に買った国鉄時代の精工舎(現・セイコー)の鉄道時計。
愛用デジカメの富士フイルムX-T4
振り子時計の回は、盛岡にある南昌荘の柱時計にまつわる実話を元にしている。

 

なんと物理学科修士卒専門は中性子星だった

小沢 そもそも樋渡さんは、いつ頃、時計に興味を覚えました?

樋渡 初めて時計を買ったのは大学に入った時で、国産の安い機械式でした。

小沢 そこからどうなるんですか。持っている時計の本数を増やすのか、仕組みに興味が湧くのか?

樋渡 中身の機構に興味が湧いてきて、実は私、大学の専攻が物理学だったので。

小沢 ええ?漫画家で物理学専攻!そりゃ凄いな。一体なぜそっち方面に?

樋渡 きっかけは物理学科の友達と、コミケにサークルとして出展したことで。

小沢 なるほど。ところで物理と言っても量子力学とか物性とか色々あって、樋渡さんは?。

樋渡 私は天体ですね。

小沢 いまどき天体学なんて大学に専門研究室あるんですか?

樋渡 ないです。原子核の研究室に入って天体の核の研究をしてました。

小沢 凄い。本当だったら大手電機メーカーのエンジニアになっててもおかしくないような人だ。それで樋渡さんはどの星が得意なんですか?

樋渡 自分が研究していたのは中性子星。わかりますか?

小沢 なんとなく分かりますよ。ブラックホールの次ぐらいに重い星で、スプーン一杯で星1個とか密度が超濃い天体ですよね。ちなみにその知識は時計マンガに繋がりますか。時計にはムーンフェイズとかパーペチュアルカレンダーとか結構天文学との関係がありますが。

樋渡 残念ながら作品と天体知識に繋がりはないです。それより物理学科で最初に勉強した、振り子やバネの運動のような古典物理学の知識が役立ってます。

小沢 時計の根本的なメカニズムの方に興味があるんですね。で、マンガを描き始めて、コミックマーケットに初出展されるんですよね。

樋渡 実は私、大学院の修士課程にも行ってまして、そのかたわらマンガを描いていたんです。

小沢 うわ、今や意外なる才能がマンガ界に出てくるんだ。樋渡さんのデビューはいつだったんです?

樋渡 最初の読み切りの作品は、2014年でした。

小沢 なぜ岩手県なんですか?

樋渡 こちらに実家があるので(笑)

小沢 セイコーの聖地、グランドセイコースタジオ雫石がありますけど関係は?

樋渡 一度分解整備の体験に行きましたけど、別に雫石にセイコーがあるからテーマを時計にしたわけではないです。

小沢 時計の魅力を理屈ではなく、画力と感性で伝える方針は、担当編集者さんとの合意でなったんでしょうか?

樋渡 合意の上ですが、それ以上にやりたいようにやらせて貰ってます。

小沢 結局、昔とはマンガの描き方や成長の仕方が変わってるわけですよね。昭和の黎明期は、地方から才能が東京のトキワ荘に集まって、切磋琢磨したわけじゃないですか。でも今や地方にいたまま自由に自分の作家性、発想で勝負できる。ロングテールビジネスというか、大ヒットばかり狙うのではなく、作家性をグッと押し出した、ある種、実験的なマンガも出し易くて、まさしく樋渡さんもそう。

樋渡 今はネットで作品を公開できますし、それを見た編集さんから声はかかるし、コミケで知り合いになることもある。いい時代になったと思います。

 

「確かにネットマンガの時代だから生まれた作品かもしれないですね」

街で時計店を営む、時計修理士、冠 綾子の元には日々いろんな人がやってくる。同じ時を過ごす時計を通じて、人の絆を紡いでいくが、時に彼女から深すぎる時計への愛の言葉が。

『冠さんの時計工房』(秋田書店)は、2020年11月には第3巻発売。©樋渡りん(秋田書店)2019

街で時計店を営む、時計修理士、冠 綾子の元には日々いろんな人がやってくる。同じ時を過ごす時計を通じて、人の絆を紡いでいくが、時に彼女から深すぎる時計への愛の言葉が。
『冠さんの時計工房』(秋田書店)は、2020年11月には第3巻発売。©樋渡りん(秋田書店)2019

 


[時計
Begin 2021 WINTERの記事を再構成]

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