2020.12.22

ロービートを知り尽くしたカリスマ店の裏側に潜入!【アフターケアの名店ケアーズに行ってきた!】

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ロービートを知り尽くしたカリスマ店の裏側に潜入!

アンティークウォッチを専門に扱う「ケアーズ」は、時計ファンから絶大なる信頼を置かれている。
理由は、店名にするほど"ケア"が万全だから。その工房は、アンティーク専門店ならではの工夫に満ちていた。

大量のストック・パーツでアンティーク時計を救済

アフターケアに由来する店名を持つ「ケアーズ」は、1989年の設立当初から修理工房を構え、技術を研鑽してきた。取り扱うのは、1970年代以前に作られたロービートムーブメント搭載モデルのみ。多くの時計メーカーでは、30年以上前の時計のメンテナンスは、修理ではなく修復扱いとし、本国送りとなる。またすでにパーツがないからと、修理自体を断られるケースも多い。ケアーズでは自店で販売した時計以外の修理も請け負い、修理を断られた多くのアンティーク時計を救済してきた。現在、工房では10名の技術者が日々、修理にいそしんでいる。

メーカーでも修理できない時計が直せるのは、設立以来、培ってきた技術に加え、様々なパーツを買い付けてきたから。さらに壊れて使い物にならなくなったムーブメントも、部品取り用に買い集めてきた。主な買い付け先は、やはりスイス⋮⋮ではなく、アメリカ。次いで、ドイツ。どちらも時計消費大国だから、修理用の交換パーツも数多く残っているのだ。そして修理部門を持つ時計店が閉店した際などに、ひそかに市場に流れるのだという。それらを次々と買い集めてきた結果、工房には、おびただしい数のパーツがストックされるに至った。歯車に香箱、主ゼンマイ、クロノグラフ用のハンマーや微細な押さえバネ、様々なサイズの穴石などなど。いくつも並ぶキャビネットには、キャリバー別やメーカー別にパーツや部品取り用のムーブメントが整理されている。その中には、未使用の純正品も数多い。「部品にはメーカー名が入っていないので、それが本物かどうかの目利きが必要」だと、ケアーズの川瀬友和会長は言う。

さらにストックされるパーツは、ムーブメント関連だけではない。針やリューズといった外装部品も含まれる。

こうした豊富なストックと、長年の修理の経験が、ケアーズの財産。多くのアンティーク時計ファンから、絶大なる信頼を置かれるゆえんである。

メーカーにも残っていない希少パーツがズラリ
コツコツ集め続けたドナームーブメント

部品取り用ムーブメント
壊れた古いムーブメントも、ケアーズにとってはお宝。入手困難な交換部品を抜き取る、ドナーになってくれるからだ。様々なメーカーの、いくつものムーブメントをストックしている。写真はジャガー・ルクルトのドナー。

 

様々な時代の針を大量に買い付け
今ほど防水技術が発達していなかった時代のアンティーク時計は、しばしばダイヤル内に湿気が侵入し、針が錆などのダメージを受けているケースが少なくない。それもまた味だが、交換を希望された時のために、各時代の針を大量に保管。様々な形状やサイズ、素材への対応を可能としている。

 

リューズは摩耗する消耗品
リューズは、操作のたびに摩耗が少しずつ進む。手巻きが多いアンティーク時計では、なおさら。そこで新品、あるいは中古のリューズのストックは、不可欠。左下のケースにはYG製の、その右隣のケースにはSS製のリューズが。

メーカー純正の未使用パーツ
パッケージの中身は、未使用 のメーカー純正パーツ。写真 の引き出しには、オメガとチューダー用が保管されている。どれも1970年代以前に造られたムーブメント用で、ローターの止め板や自動巻き機構の切替車など希少な部品が揃う。

あらゆるサイズの穴石をストック
穴石は硬い人工ルビー製だが、 長年使われ続けると割れてし まうことがある。当然交換となるが、穴石自体の直径も、さらには穴径もムーブメントによって実に様々。今では作られていないサイズもあるため、ストックは種類が多くなる。

<b>リューズは摩耗する消耗品</b><br>リューズは、操作のたびに摩耗が少しずつ進む。手巻きが多いアンティーク時計では、なおさら。そこで新品、あるいは中古のリューズのストックは、不可欠。左下のケースにはYG製の、その右隣のケースにはSS製のリューズが。
<b>メーカー純正の未使用パーツ</b><br>パッケージの中身は、未使用 のメーカー純正パーツ。写真 の引き出しには、オメガとチューダー用が保管されている。どれも1970年代以前に造られたムーブメント用で、ローターの止め板や自動巻き機構の切替車など希少な部品が揃う。
<b>あらゆるサイズの穴石をストック</b><br>穴石は硬い人工ルビー製だが、 長年使われ続けると割れてし まうことがある。当然交換となるが、穴石自体の直径も、さらには穴径もムーブメントによって実に様々。今では作られていないサイズもあるため、ストックは種類が多くなる。

マニア垂涎の名作クロノ
オメガ クロノグラフ

黒×グレーの2トーンダイヤルの中央にテレメーターとパルスメーターを、最外周にタキメーターを装備する。レマニア製Cal.15TLを改良したコラムホイール式の名機Cal.33.3 CHROを搭載。1930年代製。手巻き。径37.5㎜。SSケース。カーフストラップ。380万円。

多機能クロノの先駆者
ユニバーサル トリコンパックス
クロノグラフの名門ユニバーサルが誇る、コンプリートカレンダー搭載機。縦方向にサテン仕上げされたダイヤルの外側には、鮮やかなブルーでタキメーターを配置する。ラグ形状も美しい。1960年代製。手巻き。径36㎜。SSケース。カーフストラップ。150万円。

<b>マニア垂涎の名作クロノ<br />オメガ クロノグラフ</b><br />黒×グレーの2トーンダイヤルの中央にテレメーターとパルスメーターを、最外周にタキメーターを装備する。レマニア製Cal.15TLを改良したコラムホイール式の名機Cal.33.3 CHROを搭載。1930年代製。手巻き。径37.5㎜。SSケース。カーフストラップ。380万円。
<b>多機能クロノの先駆者<br>ユニバーサル トリコンパックス</b>クロノグラフの名門ユニバーサルが誇る、コンプリートカレンダー搭載機。縦方向にサテン仕上げされたダイヤルの外側には、鮮やかなブルーでタキメーターを配置する。ラグ形状も美しい。1960年代製。手巻き。径36㎜。SSケース。カーフストラップ。150万円。

 

ブレスレットの摩耗もレーザー加工でなんのその

ケアーズはムーブメントだけではなく、ブレスレットの修理も請け負っている。工房の一角にはメーカーの修理部門でも見かけない、レーザー溶接機が活躍していた。

ブレスレットが蘇る常識を覆すレーザー溶接機

陽に焼けて色変わりしたダイヤルの味わい深さは、アンティーク時計ならではの魅力の1つだ。長年使われて擦れた時計の小傷も、味と捉えることができるが、それが気になる場合、ケアーズでは磨き直し・ヘアラインの入れ直しにも対応している。工房の一角には、扉で区切られた外装修理部門があり、ポリッシュとヘアラインの各仕上げができるマシンを整備。

このマシン自体は、特別なものではなく、メーカーの修理部門でもよく見かけるものだ。しかしその部屋と離れた別の場所では、外装担当の技術者が、ほかで見たことがないマシンを操作していた。躯体の中に手を入れ、顕微鏡を覗きながら操るそのマシンは、ドイツ製のレーザー溶接機。これが、かなりの優れモノだった。

この最新のレーザー溶接機を導入した理由として「アンティークウォッチは当時のオリジナルブレスレットでコンディションの良いものが非常に少なくなってきました。そのため歪んでしまったり、壊れてしまったブレスレットを直して欲しいという要望が増えたのです。ですからレーザー溶接機での修理は、今では欠かせなくなってきています」と川瀬会長。

そう、レーザー溶接機は、SSブレスレットの補修で大活躍するのだ。ブレスレットのリンクの可動部分は、使い続けると摩耗する。そして摩耗が進むと、ガタ付きが生じる。この過剰に擦り減った部分に、SS線をレーザーで溶かして盛って、補修できるのだ。その後、磨き直したりヘアラインを入れれば、外観は元通りに。アンティーク時計のブレスレットの交換用リンクは、まず手に入らない。その難題を、最新マシンの導入で解決した。

ピンポイントでレーザーを照射

レーザー溶接の様子。極細のSS線をロウに用い、必要な場所にピンポイントで盛っていく。

レーザー溶接機を操る技術者。レーザーが打てる最小スポット径はわずか0.2㎜で、顕微鏡は必須だ。

リンクが摩耗し、ガタついたブレスレット。

レーザー溶接機を操る技術者。レーザーが打てる最小スポット径はわずか0.2㎜で、顕微鏡は必須だ。
リンクが摩耗し、ガタついたブレスレット。

アンティークのマシンも現役
金属の塊をローラーの間で薄く圧延する手動マシン。販売する時計と同様に、これもアンティークだが、極稀に使う機会があるという現役選手だ。

仕上げ直しも万全の体制
工房の一角に外装仕上げの小部屋を置き、時計界でポピュラーなマシンを導入。手前側のバフでポリッシュを行い、奥のバフはサテン仕上げ用。

オリジナルのブレスと尾錠
ブレスレットは、かつてロレックスも信頼を置い たクロムウェル社の'40年代のデザインをモチー フとした。各2 万2000円。尾錠は、300円~と格安。

<b>アンティークのマシンも現役</b><br>金属の塊をローラーの間で薄く圧延する手動マシン。販売する時計と同様に、これもアンティークだが、極稀に使う機会があるという現役選手だ。
<b>仕上げ直しも万全の体制</b><br>工房の一角に外装仕上げの小部屋を置き、時計界でポピュラーなマシンを導入。手前側のバフでポリッシュを行い、奥のバフはサテン仕上げ用。
<b>オリジナルのブレスと尾錠</b><br>ブレスレットは、かつてロレックスも信頼を置い たクロムウェル社の'40年代のデザインをモチー フとした。各2 万2000円。尾錠は、300円~と格安。

初の両巻き上げ搭載機
ロレックス オイスター パーペチュアル

自動巻きローターの両方向巻き上げを世界で初めて実現し、時計史にその名を残す傑作Cal.1030搭載モデル。ノンデイトのシンプルなダイヤルは、ミラーブラック仕上げの艶やかさを保持している。1956年製。自動巻き。径34㎜。SSケース&ブレスレット。78万円。

伊海軍向けがルーツ
ゼニス S.58

ゼニスでは珍しい、ダイバーズウォッチ。キズ付きやすい黒い回転ベゼルも、かなり良好な状態を保っている。造形に凝ったブレスレットも、使用感が少ない。高精度自動巻きCal.2542PCを搭載。1960年代製。自動巻き。径37㎜。SSケース&ブレスレット。100万円。

<b>初の両巻き上げ搭載機<br>ロレックス オイスター パーペチュアル</b><br>自動巻きローターの両方向巻き上げを世界で初めて実現し、時計史にその名を残す傑作Cal.1030搭載モデル。ノンデイトのシンプルなダイヤルは、ミラーブラック仕上げの艶やかさを保持している。1956年製。自動巻き。径34㎜。SSケース&ブレスレット。78万円。
<b>伊海軍向けがルーツ<br>ゼニス S.58</b><br>ゼニスでは珍しい、ダイバーズウォッチ。キズ付きやすい黒い回転ベゼルも、かなり良好な状態を保っている。造形に凝ったブレスレットも、使用感が少ない。高精度自動巻きCal.2542PCを搭載。1960年代製。自動巻き。径37㎜。SSケース&ブレスレット。100万円。

 

ムーブメントの特性を見極める
オーバーホールの極意

川瀬会長曰く、「アンティーク時計には、修理マニュアルも図面も存在しません」。
だからケアーズで働く技術者には、古いムーブメントの特性を見極める能力が求められる。

独自のノウハウを蓄積し優秀な技術者を育成

ムーブメントを分解して各パーツを洗浄し、適宜注油をしながら組み立て直す。オーバーホールの手順は、現行モデルでもアンティーク時計でも基本的には同じだ。しかし自社製品だけを扱うブランドの技術者とは違い、ケアーズでオーバーホールや修理をするムーブメントは、メーカーも時代も多岐に渡る。そしてマニュアルや図面がない中、技術者は不具合の原因を自ら突き止めなければならない。また部品を交換するか否かの判断も、ストックが限られているから、より難しくなる。

ケアーズは30年以上の経験から、実に多くのムーブメントの修理・オーバーホールに関する独自のノウハウを積み上げてきた。例えば、機械式には不可欠なオイル。メーカーで使われるのは粘度や特性が異なる4~5種類だが、ケアーズでは8種類を常備している。ムーブメントの製造年や個性に合わせて、適材適所で最適に対応するためだ。

前述のように、多様な交換用パーツやドナームーブメントをストックして。そしてストックにはないパーツの交換を迫られた場合、旋盤などを用いて削り出し、製作することもしばしば。

かようにアンティーク時計の技術者には、メーカーとは異なる技量が求められる。そしてケアーズは、初見の古いムーブメントでも理解でき、パーツ交換の判断が的確で、部品製造もできる技術者を育成してきた。現在、ここで働く10名は、まさに先鋭揃いだ。

「ロービートは機械への負荷が少ないので、あまり故障せず、長く使えるのが魅力です」と、川瀬会長。そんなアンティーク時計を故障の心配などせず、安心して日常使い出来る万全のケア体制が、ケアーズには整えられている。

8つのオイルを使い分け

上に並ぶのが、ケアーズが常備するオイル類。一番右が脱進機用で、左端のチューブは強い負荷がかかるクロノグラフのレバー用。歯車の軸用だけでも粘度が異なる複数のものをムーブメントの個性に合わせて使い分け、最適な状態へと導く。

 

ストックにないパーツは自作
構造的にシンプルで、それゆえ加工の自由度が高い旋盤を整備。セットした回転する金属棒に、手で持ったバイト(刃)を当て、軸から削り出す。

裏蓋を外す工具もストック
裏蓋を外さなければ、メンテンナンスはできない。そのためパーツやドナームーブメント同様に、裏蓋を外す工具を各ブランドごとに買い集めている。

アンティークを熟知した精鋭
森下本店3階にある修理工房。10名の技術者は、いずれもアンティーク時計修理の手練ればかりだ。オーバーホール料金は3針手巻きで1万7000円~。

<b>ストックにないパーツは自作</b><br>構造的にシンプルで、それゆえ加工の自由度が高い旋盤を整備。セットした回転する金属棒に、手で持ったバイト(刃)を当て、軸から削り出す。
<b>裏蓋を外す工具もストック</b><br>裏蓋を外さなければ、メンテンナンスはできない。そのためパーツやドナームーブメント同様に、裏蓋を外す工具を各ブランドごとに買い集めている。
<b>アンティークを熟知した精鋭</b><br>森下本店3階にある修理工房。10名の技術者は、いずれもアンティーク時計修理の手練ればかりだ。オーバーホール料金は3針手巻きで1万7000円~。

ファン垂涎の1本
ロレックス バブルバック

アンティークロレックスファン憧れのバブルバックのピンクゴールド。ダイヤルには、細身のバトン型針と4方向のローマ数字を置き、エレガントな雰囲気を湛える。王冠マークはプリント。1940年代製。手巻き。径32㎜。14KPGケース。カーフストラップ。150万円。

希少なスクリューバック
オメガ コンステレーション

コンステレーションはハーフローターの自動巻きを積み、1952年に誕生した。このモデルはフルローターに進化したCal.501搭載モデルで、極めて少ないスクリューバック仕様。1950年代製。自動巻き。径35㎜。ゴールドトップケース。カーフストラップ。45万円。

<b>ファン垂涎の1本<br>ロレックス バブルバック</b><br>アンティークロレックスファン憧れのバブルバックのピンクゴールド。ダイヤルには、細身のバトン型針と4方向のローマ数字を置き、エレガントな雰囲気を湛える。王冠マークはプリント。1940年代製。手巻き。径32㎜。14KPGケース。カーフストラップ。150万円。
<b>希少なスクリューバック<br>オメガ コンステレーション<br></b><br>コンステレーションはハーフローターの自動巻きを積み、1952年に誕生した。このモデルはフルローターに進化したCal.501搭載モデルで、極めて少ないスクリューバック仕様。1950年代製。自動巻き。径35㎜。ゴールドトップケース。カーフストラップ。45万円。

 

行ってきたのはココ!

ケアーズ 森下本店

都内で3店舗を展開するケアーズの総本山。2002年に江東区常盤にあったショップを移転させ、修理部門とメンズのアンティーク時計販売を統合した。

住所東京都江東区森下1-14-9

TEL03-3635-7667

営業時間10:30~19:00

定休日水曜(祝日を除く)

 

2階が修理受付 3階が修理工房

修理の持ち込みは、2階へ。10日~2週間後に見積もりが連絡される。ケアーズ購入品に関しては、オーバーホール代金が30%オフに。一部修理できない時計もあるため、ウェブサイトで要確認。https://www.antiquewatch-carese.com/

 

[時計Begin 2020 autumnの記事を再構成]
写真/岸田克法 文/髙木教雄 構成/市塚忠義