2021.11.07

【受け継ぐ時計】現代美術作家・杉本博司さん「人間の時間、宇宙の時間」

時間をテーマとする展覧会を続ける理由
人間の時間、宇宙の時間

写真を出発点として、建築、造園、舞台演出など、幅広い表現活動を展開し、国際的に高い評価を得ている現代美術作家、杉本博司さん。自作の逆行時計を入口として、その美意識、哲学、時間感覚を、ときにジョークをまじえながら洒脱に語る言葉に、人類の「継承」に通ずるメッセージが込められていた。

杉本博司
Hiroshi Sugimoto

すぎもと・ひろし/現代美術作家。1948年東京生まれ。立教大学卒業後、渡米しロサンゼルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで写真を学ぶ。’74年よりニューヨーク在住。『海景』『劇場』『建築』シリーズなどの代表作が、メトロポリタン美術館をはじめ、世界有数の美術館に収蔵される。彫刻、建築、造園、能や文楽の演出等、多彩な表現活動を展開。古美術、伝統芸能への造詣も深い。構想から約20年を費やした集大成的な文化施設『小田原文化財団 江之浦測候所』を2017年にオープン。’01年ハッセルブラッド国際写真賞、’09年高松宮殿下記念世界文化賞受賞、’10年紫綬褒章受章、’13年フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲、’17年文化功労者に選出。

「人間と動物の違いは、時間意識を獲得したこと」

カルティエ「トノー」ウォッチの逆行モデル

『カルティエ、時の結晶』展で逆行時計を展示したことがきっかけとなり、特別に逆行仕様にカスタマイズされ、同社CEOから贈られたユニークピース。逆行する時分針に合わせて、文字盤のインデックスも逆仕様に。手巻き、プラチナケース。スペシャルオーダー。

自作の逆行時計に込めた意味

 2019年に国立新美術館で開催された『カルティエ、時の結晶』という展覧会の会場構成を、僕と建築家の榊田倫之君で立ち上げた建築設計事務所、新素材研究所で手がけました。大きい空間で時計や宝石などの小さなものを見せるための演出はなかなか難しく、家にある古美術品も総動員し、天平時代の板の上でダイヤモンドを煌めかせたり、実験的なことも試みながら、結果的に非常にうまくいったと思います。
この展覧会の入口に、高さ約3・5mの時計を展示しました。以前からスイスの古い工房にこの時計があるのは知っていて、いつか買おうかなと思いながらそのままになっていたのを、この機会に入手し、時分針が逆行するように改造して、失われていた文字盤も新たに取り付けました。“Cryst allization of Time”という展覧会のタイトルには、宝石ができてくる何万年、何十万年という時自作の逆行時計に込めた意味にヴェルサイユ宮殿を訪れたとき、宮殿内のレストランでカルティエの本国CEOと会食しながら逆行時計のアイデアを提案したところ、「腕時計でも作りましょう」という話になり、翌年の『カルティエ、時の結晶』展の前に、CEOが来日したときに頂いたのが、トノーケースの逆行腕時計でした。実は僕には腕時計を着ける習慣がないんです。なので、この時計は大切に保管してあります。いずれ僕の作品を管理する小田原文化財団に受け継いで、展示する機会があるかもしれません。

腕時計はしないのですが、クロックを作るのが趣味なんです。展示した逆行時計も、直前まで作り込んでいましたよ。他にも19世紀に作られた、たぶん教会に掛かっていたであろう時計を骨董屋で買って、分解して組み立て直し、文字盤のないデザインにして、ニューヨークのアトリエの入口に置いています。それよりも小型のスウェーデンあたりで作られた、毎正時と30分ごとにきれいなチャイムが鳴る振り子時計も、自分で分解・修理し、アクリルを思い、考えよ、という意味合いを込めていて、それを表象し得るものとして逆行時計を展示したんです。
その前年、『スギモト ヴェルサイユ/サーフェス・オブ・レヴォリューション』という展覧会の準備のための文字盤をつけて、アトリエの茶室に置いています。古い時計のメカニズムや、時間をどうやって計ったかということに根本的な興味があるんです。写真を生業にしてきたのですが、写真と時間とは非常に関係が深い。時間とは何かと考えることが、自分のアートの一部になっているわけです。

人間と動物の何が違うのかといったら、時間の意識を獲得したことでしょう。文明というものは、時間という意識がないとできない。今、種を蒔くといつになれば収穫できる、ここに罠を仕掛けておけば明日獲物が掛かる、つまり今こうすれば将来的にこうなるという因果関係を知ることが時間意識です。これが人間を人間たらしめた最大の脳内革命だと思うんです。時を計るということが、人類が人間である所以の始まりなんです。

江之浦測候所から宇宙的時間を撮る

幼少期に家族旅行の帰り道、真鶴から根府川へ抜ける途中、旧東海道線の列車から眼前に広がる相模湾の海景を目にしたとき、「私がいる」ということに初めて気がつく経験をしました。古代人が見たのと同じ海を見て、自分の血の中に流れる太古の記憶を遡り、人にどうやって心が芽生えたのか、人類はどうやって自意識を獲得したのか、それがずっと自分のアートのテーマになっていくわけです。その意識の原点につながる場所、かつて蜜柑畑だった相模湾を見下ろす高台の土地を縁あって譲り受け、構想から20年を経て、小田原文化財団 江之浦測候所という文化施設を作りました。今も作り続けていますがね。
約1万平方メートルの土地に、1年に一度冬至の朝にだけ、相模湾に上った朝日が差し込むよう設計した隧道や、夏至の朝日が差し込む100メートルギャラリー、石舞台、茶室などを設け、竹林を巡る回遊路も整備しました。今、日時計も設営中です。12枚の石で放射状に囲い、秋分と春分の南中のとき、石の目地とぴたりと合うようになっている。要するに、江之浦測候所自体が、巨大な時計だと思ってもらえばいい。太陽や天体の動きを測る場所であり、天空のうちにある自身の場所を確認し、もう一度人類意識の発生現場に立ち戻り、反芻する場所でもあるわけです。

江之浦測候所は全体がアート作品であり、人類の文明がそろそろ終わりに近いのではないかという想定でもって、文明崩壊後に遺跡として美しく残ることを意識しています。昨今の温暖化やコロナの問題などは、人間という存在が、環境に対して負荷をかけ過ぎたことに起因しているのではないかと思うんです。人口も爆発的に増加しているし、このままでは済まない。ある劇的な変化を人為的に起こすか、それとも人間が自然界からの逆襲を受け、淘汰されるかする可能性も十分にある。人間は、神はいないということにしてしまったようですが、神の視点とでもいうべきものを忘れたことで、神の怒りを買うかもしれません。
僕は、近代化以前、産業革命以前に戻るのが望ましいと思っているんですがね。人間は自然の一部で、細々と農業や牧畜をして生きているという状態にまで戻ったほうがサステナブルでしょう。どんどん石油を掘って、プラスティックを作って、海洋に流して、それがゴミになって、というスタイルは、これ以上やっていくと人間が窒息していく状態になりかねない。みんなが幸せになるということはどういうことなのか?豊かさとは何なのか? だから僕は『今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない』や『ロスト・ヒューマン』をはじめ、時間をテーマにした展覧会をずっとやってきました。

今、人工衛星から写真を撮る企画が進んでいます。ソニーのカメラを搭載した人工衛星を、JAXAの協力の下、ソニー、東京大学が共同で開発中で、来年秋に打ち上げ予定です。宇宙の視点を科学者だけではなく、アーティストに使ってもらう時期が来たんじゃないかということで、お話を頂いたのです。江之浦測候所を基地にして、まず宇宙からの「海景」を撮ろうかと思っていますね。太陽系は誕生から46億年といわれていますが、それから考えると人間の文明なんて1日24時間としたら、ほんの数分に過ぎない。今の状態が未来永劫このままなんてことは、観念的に考えてもあり得ない。長期的な時間の意識で見ると、全てがテンポラリーなわけです。人工衛星から撮る写真は、そういった宇宙的な時間とつながるかもしれませんね。

「人工衛星から撮る写真は宇宙的時間とつながる」

©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of New Material Research Laboratory

2019年の『カルティエ、時の結晶』展で展示された、高さ約3.5mの威容を誇る逆行時計。1908年製アンティーク時計(製造:フォンタナ・チェーザレ、ミラノ)を、杉本氏自身が修復し、逆行化。文字盤は新たに制作された。

©Hiroshi Sugimoto

 

19世紀のクロックを杉本氏自身が修復し、文字盤のないデザインに。ニューヨークのアトリエの入口に置かれている。

©小田原文化財団

2017年にオープンした『小田原文化財団 江之浦測候所』。写真左手は冬至光遥拝隧道、中央は光学硝子舞台。約1万平米の敷地内に、夏至光遥拝100メートルギャラリー、石舞台、茶室『雨聴天』などが設けられ、鎌倉の明月院の正門として建造され、後に根津美術館正門として使用された由緒ある明月門も移築されている。飛鳥時代の法隆寺若草伽藍礎石をはじめ古代の貴重な石の数々も点在する。WEB事前予約制で見学可能。https://www.odawara-af.com/ja/enoura/

写真/谷口岳史 文/まつあみ 靖 構成/TAYA

[時計Begin 2021 autumnの記事を再構成]