2023.07.12

受け継ぐ時計:川内谷 卓磨さん

世界が認めた実力者を育んだ2つの時計
Kodoへと繋がるメッセージ

「大学在学中は右手にギター、左手にスケボーみたいな生活だった」若者が、腕時計に目覚め、遂にはGPHG賞に輝くとは!! 一躍時計業界の時の人となった川内谷卓磨氏。偉業の礎となった時計たちから、彼が受け継ぎ、実現したものとは?

川内谷 卓磨さん

川内谷 卓磨(かわうちや・たくま)/1978年静岡県生まれ。東京工業大学卒業後、音楽活動に専念するも、2008年重鎮時計師フィリップ・デュフォー氏の「シンプリシティ」製作動画に魅せられ腕時計に開眼。時計専門学校で本格的に学び、’10年セイコーインスツル(現セイコーウオッチ)入社。’12年コンスタントフォース・トゥールビヨンのアイデアを提示、プロトタイプとなるキャリバーT0を’20年に完成させ、ブラッシュアップしたキャリバー9ST1を搭載した「Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン」がGPHG2022でクロノメトリー賞を受賞。

kodo

川内谷氏が設計した「Kodo」はGPHGで「クロノメトリー賞」を受賞(詳細は下でご紹介します。)

部品ひとつひとつを手作りする技術を学んで

大学卒業後、30歳頃まで売れないミュージシャンをしていました(笑)。椎名林檎さんのオーディションで、他の参加者の実力を目の当たりにして音楽を断念、これから何をしようかと考えていたある日、母親から「手先が器用なんだから時計職人は?」と何気なく言われたことがきっかけで時計の世界を調べ始めると、フィリップ・デュフォーさんの動画に魅せられて。時計専門学校で学び、今の会社に入ったのが32歳のときです。

配属された研究開発センターは、やりたいことを自由にやらせてもらえる環境で、2012年にはコンスタント・フォース・トゥールビヨンのアイデアを提示し、そのプロジェクトに携わり始めます。その頃、開発品の試作を手掛ける職場で、若手をベテラン技術者に付けて、部品の作り方を一から習わせようという話が持ち上がりました。ネジ1個、受け1個に至るまで全部手作業で作れる職人さんが、以前は大勢在籍されていましたが、次々とリタイアされ、ノウハウが途絶えそうな危機的状況だったんです。

僕は伊澤さんというベテラン技術者に付いて1年間、昔ながらのフライス盤と旋盤だけを使って手作業で部品を作る方法をマンツーマンで教えてもらうという贅沢な時間を経験させてもらいました。昔は強面の職人さんも少なくなかったようですが、伊澤さんは柔らかい感じの方で、すごく丁寧に教えて頂きました。時計学校では修理や調整がメインで、旋盤を動かして実際に部品を作るのは、ほぼ初めて。教わったことは全部ノートに細かく書き留めて、今も残してあります。

伊澤さんが退職されるとき、ムーブメントや外装部品など、ごそっと置いていってくれた中に「ゴールドフェザー」という時計が2個ありました。「申し訳ないけど動かないから、直して使えそうだったら」と言われ、それぞれ分解して使える部品を集めて、ちゃんと動く1本に作り直しました。今でも時々使っています。

「時計の“師”から継承。自分で直したのも良い思い出」
─Takuma Kawauchiya voice.

セイコー ゴールドフェザー

【受け継ぐ時計】SEIKO Goldfeather/入社2年目に部品製造の指導を受けたベテラン技術者伊澤氏が、退職時に残してくれた、動かない「ゴールドフェザー」を再生させたモデル。「1960年代当時の手巻き薄型の高級感のあるドレスライン。ムーブメントを薄くするため、様々なチャレンジをした名残が詰まっています」

伊澤さんの息子さんは、盛岡セイコーの試作職場で働かれています。初めてお会いしたのは、ちょうど部品製作を習っている期間中。同年齢で、すぐに意気投合し、今も交流があります。彼から「父親が働く姿を見て、自分も父親と同じ道に進みたいと思った」と聞きました。

伊澤さんはセイコーが機械式時計で駆け上がっていくのをリアルタイムで体験した世代の方で、お話の端々に、活気に溢れ和気あいあいとした当時の職場の雰囲気が感じられたことを覚えています。それは息子さんにも伝わっていたのだと思います。

20世紀初頭に作られたウォルサムの鉄道時計も影響を受けたひとつです。アメリカに本部がある古典時計協会の日本支部の集まりに、時計学校時代からよく顔を出していましたが、アメリカから来日した会員の方が懐中時計を販売された際に購入したものです。

ウォルサムの鉄道時計

影響を受けた20世紀初頭のウォルサムの鉄道時計

列車同士がぶつからないようにするための、言わば生死を分かつ要件を満たす機構が全部搭載されていて、100年以上経った今も悠然と動いている姿に一目惚れしました。ムーブメントには装飾や面取りが丁寧に施され、頑丈に作るために、受けもネジ頭も分厚く、ネジ溝も深く、立体感や奥行き感がすごい。最近のムーブメントとは全然違う世界があり、この雰囲気を現代の時計に生かせないかと考えていました。

「Kodo」を設計するときも、奥行き感や重量感を常に念頭に置いていました。CADで設計しながら、部品の形状や歯車の厚さも少しずつ変え、どれがベストか何度も吟味し、本当にしつこいぐらいやりましたから「Kodo」の設計には、ある意味“執念”がこもっていると思います(笑)。

クロノメトリー賞が意味するものを噛みしめて

各部門受賞ブランド代表者たちと

GPHG2022各部門受賞ブランド代表者たちと。「グランドセイコーがラグジュアリーの世界でも通用する時計だと認められた瞬間でした」

その「Kodo」が、時計学校時代からの夢だったジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)で受賞できたのは、感無量でした。ノミネートされていたトゥールビヨン部門で受賞を逃したときは、中継をオンラインで見ていた妻から「死んだような顔してたよ」と言われたほど落ち込みました。ところが、クロノメトリー賞という、受賞にふさわしい時計があった場合のみ贈られる賞で名前が呼ばれたときは、動転してしまって。壇上では人生で味わったことのない緊張感でした(笑)。

個人の夢がかなったこともありますが、入社以来グランドセイコーのブランド価値を上げたいと思ってやってきたことが形となって評価を得られたのがすごくうれしかった。海外ジャーナリストから「クロノメトリー賞は、エッセンシャルな要素が満たされていて、セイコーの実力をスイスが認めている証拠だ」とも言ってもらえました。

卓越した精度に贈られる、
(毎年あるわけではなく、該当の時計がある年だけ贈られる)
「クロノメトリー賞」を受賞

クロノメトリー賞

GPHG受賞を喜ぶ川内谷氏(左)と、内藤昭男セイコーウオッチ社長(右)

僕は音楽を諦めたタイミングで、全く興味がなかった機械式時計と出会い、好奇心を刺激され、それが人生を変えるきっかけになりました。自分が機械式時計から感じたワクワク感を、デジタル世代の若い人にも感じてもらえるはずだと思っています。

時計を作る側の人も、チャレンジできると信じ続けて欲しい――。やり続ければ、絶対助けてくれる人が出てくるし、実現する可能性は十分にある。僕自身、他の人より10年遅れで時計に関わり始めたわけですから、「好奇心と情熱があったらいつ始めても遅くない」。色んな方にそれを感じてもらえる時計をつくり続けなくては、と思います。

「Kodoの設計には“執念”がこもっています」
─Takuma Kawauchiya voice.

kudo

【GPHG クロノメトリー賞】
Grand Seiko
「Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン」SLGT003

コンスタントフォースとトゥールビヨンの二つを同軸上に統合した世界初の複雑機構を搭載。ビート音も絶品。手巻き。径43.8mm。プラチナ×ブリリアントハードチタンケース。姫路黒桟革ストラップ。10気圧防水。世界限定20本。4400万円。

お問い合わせ:グランドセイコー公式サイト

 

写真/谷口岳史 文/まつあみ 靖

[時計Begin2023 SUMMER&AUTUMNの記事を再構成]

※表示価格は税込み