2018.12.28

おたくの細道「ジャケ・ドローの作品にみる『オートマタ』の深遠な世界」

毎度マニアな時計情報をお送りするこのコーナー。今回は、オートマタ時計の原点であるからくり人形について。その最高傑作は、18世紀の偉大な時計師が作り上げていた!?

手先や表情など繊細な動きを機械式機構により完璧に再現

オートマタの起源は、12世紀ヨーロッパで誕生した機械仕掛けの西洋人形に遡る。13世紀にはオートマタの重要な要素であるカムシャフト(運動の方向を変える複数のカムを備えた軸)が発明され、人形はより自在な動きをすることが可能になった。初期の代表的なオートマタは、時計台の鐘を鳴らす時計人形やオルゴールに近い自動演奏楽器などであるが、18世紀に入ると、水を飲み、羽ばたき、さえずるといった高度な動きの「シンギングバード」も開発された。

オートマタの進化は、時計の発展とも無縁ではない。両者とも自動の装置であり、実際に多くの時計職人たちがオートマタの製作に携わる。なかでも有名なのがスイス人時計師のピエール-ジャケ・ドローだ。彼は1758年にスペイン国王に招聘され、現地で成功を収めて大金をつかんだ後、スイスに戻ってオートマタの開発に没頭する。そして70年代、歴史的な三部作を発表した。

その一つ目は、2000個のパーツからなる「画家」。“ルイ15世の横顔”、“ルイ16世と王妃マリー・アントワネット”、“犬”など4つのデッサンを3次元的な手の動きで精緻に描くばかりか、作品の上に息を吹きかけ、鉛筆の粉を取り除く動作まで行う。二つ目の女性オルガン奏者をモチーフにした「音楽家」は、息子のアンリ・ルイが作曲した5つの曲を演奏。オルゴールでなく人形自身が音を奏で、胸部を上下させる呼吸の動き、手や上半身の動作に合わせた瞳の動きも緻密に再現する。三つ目は、40個のカムと6000個のパーツを擁す、最も複雑な構造の「文筆家」。4行に分かれた40文字の文章を書くことが可能で、カムの交換により文章も変更でき、時折インク壺にペンを浸け、余分なインクは落とし、さらに目線はしっかりとペン先やインク壺を追う。

これらは絵を描く、音を奏でる、文を書くといった本来の動きもすごいが、まるで生命が宿ったかのようなリアルな仕草がまた感動モノ。オートマタの最高傑作と呼ばれるにふさわしい完成度だ。

19世紀の電気の発明で機械式のオートマタの神秘と感動は急激に失われた。だがその伝統は、現ブランドをはじめアントワーヌ・プレジウソや菊野昌宏ら現代の職人たちに受け継がれている。

 

サイニング・マシーン
18世紀にジャケ・ドローが開発した「文筆家」を現代に蘇らせた作品。以前にくらべ大幅な小型化を実現。特別なカム機構に連結されたアームが自然な動きでオーナーのサインを描く。

3体のオートマタ
ヌーシャテル美術歴史博物館に展示されるジャケ・ドロー作のオートマタ3 体。右から「文筆家」「音楽家」「画家」で、1768~’74年にジャケ・ドローが息子らとともに製作。彼の名を世界に広めた作品で、3体とも今も正常に作動する。

シンギングバード機構搭載 嗅ぎタバコ入れ
1820年頃、ジャケ・ドローの工房で製作されたシンギングバードボックス。花模様の彫金が施されたオーバルケースは嗅ぎタバコ入れになっており、天蓋から鳥が現れ、複数の音色でさえずる。

ラブィング・バタフライ・オートマトン
現行のオートマタ腕時計。プッシュボタンの操作で蝶の羽と荷車の車輪が作動。彫金を施したブラックMOPダイヤルを装備。自動巻き。径43㎜。18KWGケース。限定28本。お問い合わせ先:ジャケ・ドロー ブティック銀座

パロット・リピーターポケットウォッチ
世界限定1個のみ製作された現行の懐中型オートマタ。彫刻と彩色を施したMOP文字盤上で、パロットの卵が孵化し、滝が流れる等、8つの動きを持つオートマタ機構、およびミニッツリピーター機構を搭載。手巻き。径56㎜。18KRGケース。

 

ピエール-ジャケ・ドロー
1721年スイス生まれ。’38年、ラ・ショー・ド・フォンに工房を開き、ジャン–フレデリック・レショーや息子のアンリ・ルイとともに、懐中時計やオートマタを製作。その後パリ、ロンドン、ジュネーブに移住し、’90年没。

 

[時計Begin 2018 AUTUMNの記事を再構成]
文/岡崎隆奈