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2020.09.08
懐中時計をベースに理想の機械式時計を作る男とは~小沢コージの「情熱ですよ 腕時計は」
究極の時計技術は1800年代にあり!?
懐中時計をベースに理想の機械式時計を作る男
今回紹介するのは、都内で数百年前のアンティーク懐中時計などを扱う、マサズ パスタイムだ。今の機械式時計は精度的には良いが、本当の意味で100年以上持つのは、工芸品として作られた20世紀初頭までのムーブだけだと言う。独自の懐中時計最強論、その根拠は一体どこから?
PROFILE
中島 正晴/(なかじま まさはる)20代にスキューバダイビングのインストラクターとして、4年間アメリカに在住。現地でたまたまアンティークの買い付け輸入の日本人と出会い、その仕事に興味を持つ。帰国して2年後の1990年にアンティーク輸入をスタート。当時取り扱いは時計に限っていなかったが、ふと入ったシカゴのアンティーク時計店で懐中時計をすすめられ、半信半疑で仕入れたところ、その人気の高さと内部の機械の美しさに衝撃を受ける。しかし当時懐中時計を直せる職人は少なく、自分で直していくうちにハマり、現在は、ムーブ開発の岩田氏、エングレーバーの辻本氏など「マサズ パスタイム」の若きスタッフと理想の時計を追求する日々。
「機械式時計の黄金期は19世紀終わりの懐中時計です」
なぜ今古い懐中時計なのか
小沢 そもそも論から行きますと、なぜ今懐中時計なんですか。それもメチャクチャ古いもの、300年前の英国ものとか博物館級まで取り扱っているそうで。
中島 ウチは創業30年ぐらいですが、最初は時計専門ではなく、アメリカのアンティーク雑貨屋みたいな店だったんです。
小沢 元々時計好きだったとか?
中島 ちょっと違います。アンティークも凄く好きというわけではなく、その前はダイビングの仕事で海に潜っていました。
小沢 冒険家ですね(笑)。
中島 その仕事の関係で若い頃にアメリカにいたのですが、たまたま雑貨の買い付けをしている人と知り合って、面白いなと。
小沢 物凄いきっかけですね。
中島 帰国後に店を始めたら、時計好きのお客様が増えてきて。
小沢 のめり込むきっかけになった時計はありますか?
中島 腕時計を探しにシカゴの古い時計店に入ったところ、品物がなくて出ようかなと思ったら「懐中時計はどうだ」と言われて買った時計内部の機械を見たら、当時の腕時計よりもずっとキレイに出来ていてビックリしました。
小沢 そんなに違いますか?
中島 今の時計は完全な大量生産の工業製品ですが、ウチで取り扱う300年くらい前の時計だと、もう全然別物です。
小沢 違いはすぐ分かりました?
中島 時計の仕事を始めて3年めぐらいからでしょうか。最初は修理職人の方にお願いしていたんですけど、その方の手に負えなくなって「これ古いんだから、これくらいで諦めてよ」と言われる。それがイヤで自分で直し始めたんです。そうしたら、それが凄く面白くなってきちゃって。
小沢 元々機械イジリは好きだったんですか?
中島 元々は不器用。ただ、ダイビングの仕事では、しょっちゅうレギュレーターの分解掃除をやっていました。
小沢 では、よっぽどその懐中時計が美しく感動的だったと。
中島 腕時計はご存知の通り、百年前ぐらいに出てきたものです。比べると、懐中時計には何百年という歴史がありますし、製造国も凄く多い。機械式腕時計は、スイス、ドイツ、日本ぐらいしかないじゃないですか。懐中時計の場合は、例えばアメリカだけでもウォルサム、エルジン、ハミルトンなど大メーカーが沢山あって、素晴らしいものを作っていました。
小沢 他の国もですか?
中島 スイスもフランスもドイツもイギリスも作っていて、それぞれに個性がありました。性能的には正直どこが一番いいとは言えないんですけど、作り方の違いというか表情が違うので。
小沢 国によってどんな違いが?
中島 例えばアメリカの場合は、工業製品を大量生産していたわけですよね。均一な規格で。
小沢 自動車でいうT型フォードみたいな作り方ですか?
中島 そうです。一方、対極にあったのはスイスの家内制手工業みたいなやり方です。歯車は歯車専業、スプリングはスプリング専業がというように。いわゆる分業制ですね。だから同時代のものだとスイス製のほうが遙かに人の手で仕上げている部分が多いんです。
修復された300年前の芸術品ともいえる手巻き懐中時計。
19世紀の工作機械。今のNCマシンでは同じものは作れない、と中島氏。
アンティークのポケットウォッチの手巻きムーブメントに、マサズ パスタイム製ケースを組み合わせた、カスタム腕時計。
東京・吉祥寺にあるマサズ パスタイム店舗。
「7~8年前からオリジナル・ムーブメントを開発しています」
理想の時計を追求しオリジナルムーブを
小沢 懐中時計の精度は?
中島 どれも大抵日差10秒とか、鉄道時計だと週30秒以内というような規格でやっているので、1日4秒ちょっとしか誤差が出なかったりします。
小沢 そんなに正確なんですか!
中島 そうですよ。今もウチでは日差10秒以内とかで販売しています。懐中時計の時代に、トゥールビヨンもミニッツリピーターもパーペチュアルカレンダーも作られているんですよ。
小沢 つまり、機械の構造面で時計の黄金期は懐中時計時代、ともいえますね。しかも作る国によって出来が全く違う。例えばドイツで凄い時計はないんですか?自動車界ではひとり勝ちですが。
中島 ドイツは19世紀半ば過ぎから20世紀初頭ぐらいまで盛んでしたが、その後は戦争、その他の要因で停滞してしまったんです。ちなみに懐中時計はどの国も19世紀終わりが黄金期ですからね。
小沢 一体、なにが現代とそんなに違うんですか。
中島 例えばこれ、150年ぐらい前のアルバート・ポッターという作家の懐中時計なんですが、文字盤と針をよーく見てください。まず針ですが、これは鉄板を手で削り出して青く焼きを入れてます。
小沢 ホントだ。プレスなどではなく、手で削った感じですね。
中島 文字盤も字をよく見ると筆で描いてあります。それを焼いて作った七宝焼きの文字盤なんです。今のプリントの文字と見比べると全然違いますから。
小沢 確かに。というかこれを手で作っているっていうのが逆に不思議なくらいの精度ですね。
中島 ダイヤルのギョーシェにしてもウチは職人が古い機械を手で回しながら彫っていますが、今のメーカーは大抵金型でやるんですよ。あるいはNCフライスで削っている。比べると、その風合いは全然違うんですよ。
小沢 まあ、そうでしょうね。3Dプリンターの像と手彫りの像は風合いが違いますから。でもそれってある意味、養殖のハマチと天然のハマチどっちが旨いですか?みたいな話じゃないですか。気付く人は気付くけれど、気付かない人もいる。中島さんが一番理想とする時計って、一体なんですか。
中島 使えなくならない時計ですね。普段使えて、何百年も使えて、工芸品として優れているもの。
小沢 それを突き詰めると、一体どんな時計に?
中島 中身は黄金期の懐中時計のムーブメントを使う。一方ケースは、現代のものが一番実用的です。ウチでは100年以上前のハミルトンやメイランの女性用ポケットウォッチのムーブにウチで製造したケースを付けて売っています。カスタム腕時計と言って。
小沢 100年持ちますか?
中島 持ちます。100年に1回ぐらい軸先が減ったら、そこを切り直せばまた100年使えます。ただ唯一問題があって、アンティークのムーブメントは良質なものがどんどんなくなっているんです。
小沢 どうするんですか?
中島 7~8年前からですが、オリジナル・ムーブメントを作ろうと。
小沢 あの独立時計師のフィリップ・デュフォーさんが設計図を見に来たという。
中島 そうです。デュフォーさんは「このまま行きなさい」とおっしゃってくれました。ただ1つアドバイスをいただいたのが「日本人が作ったことを何か感じさせてくれるものだったら最高だ」と。
小沢 凄い話じゃないですか!
今も買い付けだけでなく、自ら懐中時計を修理する中島氏。
中島氏が修復中の160年前ぐらいの懐中時計。スマホが普及し、逆に懐中時計ユーザーは増えたという。「今みなさんもっと大きいの(スマホ)ポケットに入れていますから(笑)」
開発中のオリジナル・ムーブメント。100年楽に動き続ける19世紀の懐中時計にヒントを得ている。
[時計Begin 2020 SUMMERの記事を再構成]
写真/谷口岳史