2026.07.06

アニメの合体メカ系世界観にガチで取り組んだ高級時計とは?

MB&Fの20年目の集大成、“HM12ザ・ガーディアン”を東京で目撃してきた

 それは意外とカジュアルな、1通のメールからだった。今年も東京に新作をプレゼンしに行くから見に来てくれと、MB&Fのコミュニケーション&マーケティング担当、アルノー・レジュレ氏が来日の予定を伝えてきたのだ。メールの末尾には、「HM12 ザ・ガーディアン」のスケッチが添付されていた。

 「HM」とは“オロロジカル・マシーン”の略で、MB&Fが定期的に発表している数量限定の複雑時計によるハイエンド・ラインだが、SF小説や建築、スーパーカーや航空機などに着想を得たりして、必ずしも時計のカタチをしていない。その第12作目というか12号機を直に見せてくれるというのだ。

 果たして都内のホテルのカフェで待ち合わせしたレジュレ氏は、テーブルの上に載せた、高さ40㎝弱ぐらい、すっぽりと幕を被せた何かを指さして、「これが今回お見せしたかった新作です」という。早々に幕が取り除かれると、そこにはトランスフォーマーかパシフィック・リム、あるいは日本のロボットアニメのメカが、しかし姿形はまったくのオリジナルで、頭の部分はよく見れば時計になっている、そんなオブジェが現れたのだ。これがMB&Fの20周年を記念し、30年目への次なる10年を開くというタイムピース、「HM12 ザ・ガーディアン」なのだ。肩から先、腕の関節は可動し、15㎏という重量もあって、迫力はかなりのものだ。

「頭の部分はご想像の通り、そう、12時側のラグがスイングして外れて、ストラップを着けたら腕時計になるんですよ。MB&Fとして23番目の新しいキャリバーを搭載しています」

 と、レジュレ氏は台座の引き出しからストラップを取り出し、クイックリリース機構を操作して素早く装着し、手首に載せてみせた。ケースはグレード5チタン製で84点ものパーツで構成されており、縦49.3×横43.6×厚さ13.8㎜というサイズで、なかなかに大きい。だが6時側が固定ラグで12時側だけがスイングするラグによって、手首に回り込むようにフィットしている。

ロボットの頭部は容易に着脱可能。ベルトを着けると腕時計となる。

「このロボットが右手に提げている盾はじつはルーペで、手にとって時計の細部を眺めることができます。また左手側のビーム・ガンみたいなパーツはUVライトでして、ロボットのボディを照らすとスーパールミノバを施した部分がほら、光るんですよ」

 メカニズムとギミックを同時に楽しませる仕掛けといえる。ロボットのボディの胸元は温度計になっていて、普段は机やコンソールの上で“置き時計”の台座のような役割を果たす。このボディは基本的にSS製で、755点ものパーツで構成されている。製作を手がけたのは近年、LVMH傘下に入った金属加工オブジェの名門、L’Épée(レぺ)1839社で、デザインはそのL’Épée 1839でも仕事をしているマキシミリアン・マーテンスが手がけたという。

裏側まで隙が無く作りこまれている。左右の腕に装着されたパーツは着脱でき、右腕の縦はルーペに、左腕の武器のようなものは、スーパールミノバを光らせるUVトーチ(フラッシュライト)になっている。

「MB&Fでこれまで、クリエイティブディレクターの任を果たせるのは代表のマキシミリアン・ブッサーであり、フレンドのエリック・ジル―がデザインを手掛けていました。ただ年齢的なこともあるし、まったく同じ仕事はしないにせよ、クリエイティブ部門を継承・強化するために2人目のマキシミリアン、つまり若いデザイナーのマキシミリアン・マーテンスを迎えたのです。彼がMB&Fで腕時計そのものを手がけたのは初めてで、最終的に5年近くも開発に時間はかかりました。でも1作目として素晴らしい完成度になったと思います。色々なロボットアニメを参考にしながらスケッチを重ね……20種類ぐらいのプロトタイプを経て、ようやく完成したのがHM12 ザ・ガーディアンです」

 注目すべきは完全に左右対称を極めたヘッド部、つまり時計のフェイスだ。まるでロボットの左右の目のように見えるダイアルは左がジャンピングアワー、右が分表示で、口に見える部分にはマイクロローター、ケース側面で僅かに傾けられた2つのリューズは耳に相当し、額の奥にはフライング・トゥールビヨンがゆっくりと回転している。

「じつはマイクロローターの形は、MB&Fではお馴染みのグレンダイザーの武器であるダブルハーケンに影響されているんですよ。しかもトゥールビヨンは頭頂部、ケース上部の小窓からも、その動きを楽しめます」

時計部は向かって左がジャンピング式の時表示、右はトレイル式の分表示。いずれもディスクが回転する。額の位置にはフライング・トゥールビヨン、口の位置にはMB&Fで馴染みのバトルアックス形状の巻き上げ用マイクロローターが見える。バトルアックスは、本文にもある通り、ブッサーが幼少時好きだった日本のアニメ、グレンダイザーの武器、ダブルハーケンなどに影響を受けている。また青い部分は可動式のフェイスシールドでケースサイドに引っ込めることが可能。ロボットの胸には機械式温度計が仕込まれている。

 日本の懐かしいロボットアニメや、アメコミ系の変型ロボットの世界観に着想を得たレトロフューチャーなフェイスだが、逆にシースルーの裏蓋側から眺めれば、86石の自動巻きキャリバーが視認でき、スイスの伝統に基づいた、きわめて本格的な時計であることが分かる。

 ケース内側を埋めるように約650点、左右対称にまとめられたキャリバーの各部パーツには、スイス高級時計の伝統的な彫りや磨きが綿密に施されている。もっとも目立つ部分として、時分を司る歯車の表面は緩やかな弧を描くスネイル仕上げで、地板の表面はグレイン仕上げ、マイクロローターにはカリ・ヴティライネン率いるチームによるギョーシェ彫りが施されている。じつはロボットのボディ側のパーツもすべて金属の塊から旋盤で立体的に切削され、あるべきカタチや表面に加工された後に、表面を磨き上げてから、緻密に組み立てられる点で、時計のパーツと作り方は何ら変わりないという。

時計の裏からは鑑賞できるHM12キャリバーは、こちら側からでも顔のように見える。裏面のマイクロローターの回転錘では、ヴティライネンのチームによるギョーシェ彫り装飾が目を引く。

「ケースもムーブメントもボディも、直線だけで仕上げられているパーツがひとつもありません。しかも、すべてに然るべき磨きが行き届いています。我々も子どもの頃から夢中になったアニメの世界と、スイスの機械式時計の伝統という二面性は、あとこんなところにも」

 そういいながらレジュレ氏が左のリューズを回転させると、フェイスの左右からトゥールビヨン、時分ダイヤル、マイクロローターの一部を隠すように、青いシールドが現れた。変身ロボットにはお約束の変身、バトルモードのようなものだという。コンプリケーション内のコンプリケーションといえるこの仕掛けは、完全に機械式で左右同時に作動させるため、相当な苦労と開発時間を要したとのことだ。

 ちなみに東京にやって来たこのザ・ガーディアンはプロトタイプで、ブルーの他にグリーンとパープルという3色展開、各色12点ずつの全36点限定で28万スイスフラン(約5000万円)。発表して数日で完売してしまった。それでも日本にわざわざ持ってきて披露した理由、MB&Fとして日本に正規輸入代理店を定めていない理由を、レジュレ氏はこう語る。

「我々のラインナップは、クラシックなシリーズやM.A.D.エディションの名でやっているセカンドラインを併せても、年産1500本前後という少量生産で、今のところそれを上回る需要があります。もちろんグローバルで見て日本は大きなポテンシャルをもつ市場ですから、然るべき体制を備えたパートナーと組んで、進出できたら素晴らしいこと。ですが、急に生産量を増やせない以上、色々と声はかけていただくのですが、まだ日本での販路を広げられるフェイズではないのです」

 シンガポールや東南アジアの取扱いディーラーを通じて、日本人の顧客が数名いることは把握しているという。独特の創造性と技術力をもつブランドとして、いつかMB&Fが日本に正式に上陸することが待たれる。

マキシミリアン・マーテンス(左)とマキシミリアン・ブッサー。 2人のマックス。マーテンスはプロダクトデザイナーとして2019年に自身のスタジオを設立し、家具や照明を手掛ける。L’Épée 1839などとコラボレートした後、2022年にMB&Fに合流し、クロックやオルゴールを制作してきた。ブッサーはブランドの創業者であり、クリエイティブディレクター。今回のHM12 ザ・ガーディアンは、ブッサーがコンセプトを考え、その後彼に変わりマーテンスがプロジェクトのアーキテクト、後見人となった。

文/南陽一浩

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