2019.03.13

IWC新CEO単独インタビュー「人の感情を動かす時計を目指します」

包み隠さず見せられるシャフハウゼンの時計製作

建物全体をガラスで囲い、庇を巡らした新工場の外観は、20世紀を代表する建築の巨匠の一人ミース・ファン・デル・ローエの作品にも似る。そんな印象をクリストフ・グランジェ・ヘアCEOに伝えると、「ミースの建築が大好きなんです」と笑顔を浮かべた。芸術大学で学び、元建築家という時計界では異色の経歴の持ち主。この新工場の設計にも、大きく関わった。

「学生時代、ミースがバルセロナ万博で手掛けたパビリオンをスケッチすることに熱中していました。彼の建築はモダニズムとクラシックとが融合し、過去と現代とをつなげています。またパビリオンは、見学者を受け入れるための建物です。この工場もIWCの過去と未来とを結び、製作過程をユーザーの皆さんにお見せする建物。ですから自然とミースのパビリオンに、似てしまったのかもしれませんね」

工場内をすべて白とグレー、ブラックに統一したのも、クリストフCEOのアイデア。床をグレーとホワイトに塗り分け、見学ゾーンと立ち入り禁止ゾーンとを明確に切り分けてもいる。「工場見学を積極的に受け入れる、日本の自動車メーカーの方法論を参考にしました。また各部門や工作機械・作業台などのレイアウトは、作業効率と見学しやすさが両立するよう、半年以上徹底的に議論し、決定したんです」

見学者が通る廊下の床には、部門ごとにどんな作業をしているかが明記されている。同時に壁やキャビネットには、そこで作られる部品を展示。こうした見学者への配慮も、日本の自動車メーカーのやり方をヒントにした。

「IWCは、エモーショナルな製品を作っています。そして人の感情を動かすには、デザインやストーリー、作り手の情熱、優れたエンジニアリングが必要です。そのすべてがこの新工場にはあり、それらをお客様にお見せすることでIWCを理解し、もっと我々の時計を好きになっていただきたい」

前述の通り、取材すらNGという時計工場も多い。一般の見学の受け入れには、覚悟が必要では? と問うと「覚悟なんて要りません。我々は、見られて困るような、あるいは恥ずかしい仕事は一切していないのですから。見学者がいようといまいと、作業の姿勢は変わりません。普段通りの作業を見れば、いかに真摯に時計に向き合っているか、分かってもらえるはずです」

IWCが持つ時計製作技術に自信を持っているからこその、言葉である。「社内教育を徹底し、技術者を育成しています。数世代にわたり、IWCで働くスタッフも数多い。我々は、古くから精密加工技術が発達していたシャフハウゼンという街に誇りを持っています。ですからブランドのロゴにも、街の名を掲げているのです。IWCの発展は、街の発展にもつながる。新工場は、その大きな足掛かりなのです」

 

クリストフ・グランジェ・ヘア氏
IWC CEO

1978年生まれ。芸術大学卒業後、建築家を経て2006年にIWCに入社。2015年、副社長に抜擢され、2017年より現職。

 

[時計Begin 2019 WINTERの記事を再構成]
写真/岸田克法 文/髙木教雄 構成/市塚忠義