2023.09.22

サイラスのムーブメントを開発するJ.F.モジョン氏に聞く「真似しない開発」とは?

【ジャン・フランソワ・モジョン】IWCにて品質管理部門と研究開発部の責任者として在籍(1995-2004年)。2005年にムーブメント会社であるクロノードを自ら設立。ハリー・ウインストンやHYT等のキャリバー開発や製造を手掛ける。2010年のサイラス設立時にディレクターとして参画。

「独立経営だからこそユニークなチャレンジができるのです」

――まず、サイラスとはどんなブランドなのでしょうか?

2010年にスイスでスタートした、複雑モデルをメインに展開する少量生産に徹したブランドです。「イノベーションの征服」をテーマに、他に類を見ないユニークかつ実用性ある機構作りをひとつの特徴としています。もちろん着け心地や使いやすさにも十分にこだわっています。ブランドとしてユニークであるのは、私のような時計師が物作りの中心となっていること。サイラスは独立ブランドゆえに、自由に時計を発想し作りだせるところに大きなポイントがあります。大手グループに属していると、チャレンジングなプランは大抵初期段階で止められてしまいます(笑)。それこそ縦型のトゥールビヨンなどはリスキーだと横槍が入ること確実。しかし我々は自由な発想と物作りが許されています。だから、他のブランドにはないユニークピース製作が継続できるのです。

【クレプシス ヴァーチカル スケルトン トゥールビヨン】通常、ケースに対し横置きとなるトゥールビヨンケージを、文字盤中央に縦型に配置したアクロバティックな話題作。中央トゥールビヨンの左右にそれぞれレトログラード式の時分針を配したレイアウトも非常に見やすく美麗。しかもツインバレルにてパワーリザーブ100時間。18KRGケース。径44mm。手巻きcal.CYR625搭載。3気圧防水。3080万円。

――とくにこだわりを込めたモデルをご紹介いただけますか?

どのモデルもすべて特別製。ですがなかでも昨今人気を得ているのが、ダブルクロノグラフを積んだ「クレプシス ダイス」です。これは二つのクロノグラフを一つのケースに収めたモデル。似たような機能にスプリットセコンドが挙げられますが、サイラスのダブルクロノグラフは完全にそれぞれが独立しています。スプリットセコンド的にも計測できますし、まったく個別での計時も可能。多様なシーンに使える自由度があると考えます。

【クレプシス ダイス レーシング】ケース左右のプッシャー操作で作動する、2個のクロノグラフ機構を組み込んだ複雑モデル。本作はF1のレーシングカーをイメージしカーボンベゼルを奢ったスポーティな仕様。赤いコーデュラストラップが情熱を掻き立てる。チタンケース。径42mm。自動巻きcal.CYR718(パワーリザーブ60時間)搭載。10気圧防水。世界限定15本。682万円。

――やはりそういった複雑ムーブメントの製作は苦労が伴うものでしょうか?

そうですね。きちんと使えるクロノグラフをゼロから作り上げるには非常に時間を要します。著名なマニュファクチュールでも、現行の完全自社製となると、20年ほど時間を掛けて今に至っていますから。我々はそれを二つ組み込んでいるので、なかなか大変です(笑)。スプリットセコンドはベースのクロノグラフに10数個ほどの追加パーツで済みますが、ダブルクロノは100パーツほどの追加が必要。そしてその分、精度も出しにくくなるのです。「クレプシス ダイス」はベース機械の設計にもこだわりましたので、5%ほどのトルクアップで解決できました。でありながら、パワーリザーブは十分な60時間。個性だけでなく実用性にも配慮しています。

――その他、特別な機能性を持たせたモデルはありますか?

同じくクレプシスシリーズの「GMTレトログラード」もユニークかつ実用的。クレプシスはケースの両サイドにリューズを持つスタイルがひとつのポイントです。「GMTレトログラード」では右リューズが通常の時計操作を担い、左リューズにてGMT針の操作をする構造です。プッシュするだけで1時間ずつジャンプするスタイルなのでセッティングも非常に簡単。左右にリューズを分けていることで誤動作の心配もありません。またスケルトンフロントゆえに、メカニズムを正面から眺められるところも見逃せません。機械式の楽しさがダイレクトに味わえる一本だと思います。

【クレプシス GMT レトログラード】レトログラード表示のホームタイムは、左側リューズのプッシュにて行う形式のGMTモデル。通常の時計操作を右側リューズで行うため、誤操作を起こしにくいデザイン。今季、ドレッシーな装いにも対応する、シックなチタンブレスレットモデルも追加。チタンケース。径42mm。自動巻きcal.CYR708(パワーリザーブ55時間)搭載。10気圧防水。世界限定38本。429万円。

――やはり所有していて楽しいというのは大事なポイントです。もしよろしければ、次回に構想しているニューモデルについてもご紹介いただけないでしょうか?

まだ発表段階ではないのですが、かなり革新的なモデルを準備中です。具体的に申し上げられなくて残念ですが、スイスの時計業界はたかだか7万5000人ほどの小さなコミュニティ。ですので誰かが何かを発言すると、たちまち広まってしまい……。私も家族との会話でも仕事についてはほとんど話しません。どういうワケか、必ず次の日ウワサになってしまうから(笑)。しかし絶対に皆さんの期待を裏切らない新作を用意しています。ぜひ、サイラスの今後に期待してほしいですね。

サイラス ブランド紹介

機械式時計工学の限界を目指し、2010年スイスに設立。天才的な時計クリエイターであるジャン・フランソワ・モジョン氏が興したムーブメント会社、クロノードを傘下に収めており、完全に独立したユニークな時計作りを特徴とする。縦置きトゥールビヨンやダブルクロノグラフなど、他に類を見ない複雑ムーブメントに定評あり。

お問い合わせ:サイラス公式サイト

文/長谷川 剛(TRS)